ポトシ銀山では、16世紀後半から「水銀アマルガム法(パティオ法)」が銀の大量生産を可能にしました。
銀鉱石を細かく砕き、水銀・塩・硫酸銅などと混ぜると、銀が水銀に取り込まれて「銀アマルガム」になります。これを加熱して水銀を蒸発させ、残った銀を回収する方法です。

ポトシでは1570年代、副王フランシスコ・デ・トレドの改革によって本格導入されました。それ以前の溶鉱炉では処理しにくかった低品位鉱石からも銀を抽出できたため、枯渇しかけていた銀生産が復活します。
また、水銀は主として現在のペルーにあるワンカベリカ水銀鉱山から供給されました。スペイン植民地政府は、ポトシの銀とワンカベリカの水銀を一体的に管理し、先住民の強制労働制度「ミタ」を利用して生産を拡大しました。
その歴史的意義は、単なる技術革新にとどまりません。
- 低品位鉱石まで資源化し、銀の大量生産を可能にした
- ポトシ銀が欧州からアジア、とりわけ銀需要の強い中国へ流れた
- スペイン帝国の財政と世界貿易を支えた
- 水銀中毒や鉱山事故によって、先住民労働者と環境に甚大な被害を与えた
したがって、水銀アマルガム法とは、ポトシを「世界経済の銀の心臓」に変えた技術である一方、その繁栄を強制労働と水銀汚染の上に築いた、近世グローバル経済の光と影を象徴する精錬法といえます。


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