南インド~バンタム交易圏

歴史

「南インド~バンタム交易圏」とは、南インドの綿織物産地と、ジャワ島西端の港市バンタム(現在のインドネシア・バンテン)を結んだ、インド洋東部の海上交易ネットワークを指します。特に16~17世紀に繁栄しました。

南インドからは、コロマンデル海岸などで生産された綿布が輸出されました。東南アジアでは、この綿布が衣料品であるだけでなく、香辛料を入手するための事実上の交換手段として機能しました。

一方、バンタムはスンダ海峡に面する国際港市で、ジャワ島西部の胡椒を集荷するとともに、スマトラ島やモルッカ諸島の香辛料を中継しました。インド商人・中国商人・マレー商人・アラブ商人、さらにポルトガル・オランダ・イギリスの商人が集まる多民族的な市場でした。

交易の基本構造は、次のように整理できます。

地域主な商品・役割
南インド綿布・染色布を供給
バンタム胡椒の集荷、香辛料交易の中継
モルッカ諸島丁子・ナツメグなどを供給
中国絹・陶磁器・銅銭を供給
欧州勢力銀を持ち込み、香辛料を購入

重要なのは、この交易圏が単純な「インドとジャワの二国間貿易」ではなかった点です。南インド綿布が東南アジアの商品を動かし、バンタムがその結節点となり、中国産品や日本・アメリカ大陸由来の銀まで循環する、多角的な商業圏を形成していました。

しかし17世紀以降、オランダ東インド会社(VOC)が香辛料貿易の独占を進め、バタヴィアを中心とする統制的な交易秩序を構築します。さらに1682年、バンタムがVOCの強い支配下に置かれると、自由港としての地位は低下しました。

要するに、南インド~バンタム交易圏とは、

南インドの綿布を媒介として、バンタムの胡椒や東南アジアの香辛料を流通させた、商人主体の広域海上経済圏

です。それは後に、VOCによる植民地的・独占的な交易体制へと組み替えられていきました。

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