結論
米国の政府債務は約20兆ドル規模から40兆ドルへほぼ倍増したが、マネーサプライ(M2)は倍増していない。
2020年初めを基準にすると、M2は約15.4兆ドルから、2026年7月には約23.2兆ドルへ増加した。増加率は約51%であり、2倍ではなく約1.5倍である。(St. Louis Fed)
| 指標 | 2020年初め | 2026年足元 | 増加率 |
|---|---|---|---|
| 米国政府総債務 | 約23兆ドル | 約40兆ドル | 約74% |
| 市場保有政府債務 | 約17兆ドル | 約32.3兆ドル | 約89% |
| M2マネーサプライ | 約15.4兆ドル | 約23.2兆ドル | 約51% |
したがって、「20兆ドルから40兆ドル」という表現は、厳密には政府総債務ではなく、市場保有債務に近い数字を丸めたものと考えるのが適切である。足元の総債務40兆ドルの内訳は、市場保有分約32.3兆ドル、政府内部保有分約7.8兆ドルである。(reuters.com)
正――政府債務の増加はマネーを増やす
政府が財政赤字を出すとき、政府は国債を発行し、その資金を歳出として民間部門へ支払う。
例えば政府が1兆ドルを借りて給付金や公共事業に使えば、民間企業や家計の銀行預金は増加する。
この過程は、次のように表せる。
財政赤字
=政府部門の債務増加
=民間部門の金融資産増加
特に2020~2021年には、コロナ対策による大規模な財政支出とFRBの量的緩和が同時に行われた。
FRBが国債を買い入れれば、銀行システムには準備預金が供給される。さらに給付金などが家計の預金として残ったため、M2は2020年初めの約15.4兆ドルから、2021~2022年には約21~22兆ドルへ急増した。
この局面だけを見ると、
政府債務の増加は、事実上の通貨増発である
という見方には相当の妥当性がある。
反――国債発行は必ずしも通貨発行ではない
しかし、政府債務とマネーサプライは同じものではない。
政府債務とは、発行済み国債などの累積額である。一方、M2とは、現金・当座預金・普通預金・小口定期預金・個人向けMMFなど、支払いに近い性質を持つ金融資産である。
民間投資家が銀行預金を使って国債を購入すると、
- 預金は減る
- 国債保有額は増える
- 政府債務は増える
という変化が起こる。
つまり、民間部門の金融資産が「預金から国債へ組み替えられた」にすぎず、M2が同額増えるとは限らない。
さらに国債の買い手には、
- 米国の銀行
- 年金基金
- 投資信託
- 保険会社
- 海外中央銀行
- 外国投資家
などが存在する。
これらの主体が既存資金で国債を購入する限り、政府債務は増えても、それに比例してマネーサプライが増えるわけではない。
合――政府債務は増えたが、完全には貨幣化されていない
ここから得られる総合的な理解は、次のとおりである。
米国政府債務の増加分の一部は貨幣化されたが、残りは民間・海外投資家によって国債として吸収された。
2020~2021年は、財政拡張とFRBの量的緩和が重なったため、政府債務とM2が同時に急増した。
ところが2022年以降、FRBは利上げと量的引締めに転じた。FRBが国債保有を減らす一方、財政赤字は続いたため、新たな国債の多くを民間市場が吸収する構造となった。
その結果、
- 政府債務は増え続ける
- M2の増加は鈍化する
- 国債供給の増加によって金利が上昇する
- 政府の利払い費がさらに増える
という新しい矛盾が生じた。

インフレはM2だけでは説明できない
M2が約51%しか増えていないからといって、政府債務膨張の影響が小さいわけではない。
物価は、おおむね次の関係で考えられる。
- :マネーサプライ
- :貨幣流通速度
- :物価
- :実質生産量
M2が1.5倍に増えても、実質生産量が同じ割合で増えなければ、余剰マネーは物価上昇や資産価格上昇として現れやすい。
もっとも、2022年以降はM2が一時減少・停滞したうえ、名目GDPも拡大したため、コロナ直後ほどの貨幣的過剰は縮小した。それでも、巨額の財政赤字が需要を支えるため、FRBがインフレを抑えようとしても政府が需要を追加するという、財政政策と金融政策の対立が残る。
最終的な弁証法的帰結
正命題は、
政府債務の増加は、政府支出を通じて民間のマネーを増加させる。
反命題は、
国債は民間資金でも購入されるため、政府債務の増加がそのままM2の増加になるわけではない。
これらを統合すると、
米国政府債務の倍増は、全面的な通貨増発ではなく、「一部は貨幣化、一部は国債市場による吸収」という二重構造によって成立した。
したがって、本質的な問題は「M2も2倍になったか」だけではない。
今後、民間や海外投資家が40兆ドルを超える政府債務を十分に吸収できなくなれば、
- 金利上昇を受け入れる
- 増税・歳出削減を行う
- FRBが国債購入を再開して貨幣化する
という三つの選択肢に迫られる。
米国債務問題の最終的な矛盾は、過去の債務を高金利で借り換える財政負担に耐えるのか、それとも通貨価値の希薄化によって処理するのかという点にある。現時点ではM2は倍増していないが、将来の債務処理でFRBへの依存が強まれば、政府債務の増加が再びマネーサプライへ転化する可能性がある。


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