――ドーマー条件から考える「経済成長率・実効金利・国の借金」
日本の政府債務は巨額である。報道では、しばしば「国の借金は1,200兆円を超えた」と表現される。
しかし、債務額が大きいだけで、直ちに財政が破綻するわけではない。重要なのは、政府債務がGDPより速く増えるのか、それとも経済成長によって吸収されるのかである。
この関係を考える基準の一つが「ドーマー条件」である。
ドーマー条件とは何か
ドーマー条件では、政府債務の実効金利を「r」、名目GDP成長率を「g」として、両者を比較する。
r < g
名目GDP成長率が実効金利を上回れば、政府債務よりも名目GDPの方が速く増える。そのため、一定範囲の基礎的財政赤字があっても、債務残高対GDP比は安定または低下しやすい。
反対に、
r > g
となれば、債務の利子負担が経済成長を上回る。基礎的財政収支、いわゆるプライマリーバランスを改善しない限り、債務残高対GDP比は上昇しやすくなる。
債務比率の変化は、概ね次のように表せる。
債務比率の変化 ≒(実効金利-名目GDP成長率)× 前期の債務比率-基礎的財政収支
ここでは、基礎的財政収支の黒字をプラス、赤字をマイナスとしている。
つまり、財政の持続可能性は債務残高だけでは決まらない。実効金利、名目GDP成長率、基礎的財政収支の三つによって決まる。
ドーマー条件では名目GDP成長率を使う
2025年度の日本のGDP成長率は、実質で0.8%、名目で4.1%だった。
実質GDPとは、物価変動の影響を取り除いたGDPである。これに対して名目GDPは、その時点の価格で計算される。
概念的には、次の関係になる。
実質GDP成長率 ≒ 名目GDP成長率-GDPデフレーター上昇率
2025年度について単純に差し引けば、名目成長率4.1%のうち、実質的な生産量の増加は0.8%、残り約3.3%が物価変動による名目上の増加に相当する。
それでも、ドーマー条件では原則として名目GDP成長率を使う。政府債務も利子も、円という名目額で計上されているからである。
実質GDP成長率を使うのであれば、金利についても物価上昇率を差し引いた実質金利に直さなければならない。
名目金利-名目GDP成長率 ≒ 実質金利-実質GDP成長率
金利と成長率の双方から同じ物価上昇率を差し引けば、ドーマー条件の基本的な判定は大きく変わらない。
何年物の国債金利を使うべきか
ドーマー条件に用いる金利は、10年国債利回りそのものではない。
政府は、2年、5年、10年、20年、30年、40年など、異なる年限の国債を発行している。また、過去に低い金利で発行された国債は、原則として満期まで発行時の条件が続く。
そのため、現在の10年国債利回りが2%になっても、既発債を含む国債残高全体の利払い費が直ちに2%になるわけではない。
ドーマー条件で用いるべきなのは、債務残高全体に対する「実効金利」である。
実効金利 = 当年度の利子支出 ÷ 前年度末または期中平均の利子付き債務残高
10年国債利回りは、新たに国債を発行する際の調達金利や、市場が評価する財政リスクを示す重要な指標である。しかし、既発債を含む政府債務全体の平均金利ではない。
日本国債は平均償還年限が比較的長いため、市場金利が上昇しても、実効金利は借換えを通じて徐々に上昇する。
2025年度の実効金利は約1%
2025年度予算では、中央政府の利払費は約10.5兆円、年度末の普通国債残高は約1,117.82兆円と見込まれていた。
これを単純に割ると、次のようになる。
10.5兆円 ÷ 1,117.82兆円 ≒ 0.94%
期首と期末の平均残高を使うか、年度末残高を使うかによって多少変動するが、中央政府の実効金利は概ね1%前後とみることができる。
ただし、これは厳密な実績値ではない。2025年度予算・見込みに基づく中央政府の普通国債を中心とした概算である。
また、資料によっては「利払費等」に純粋な利子以外の費用が含まれることがある。厳密に計算する場合は、分子を純粋な利子支出に限定し、分母もそれに対応する利子付き債務にそろえる必要がある。
参考:財務省「令和7年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」
足元では名目成長率が実効金利を上回る
2025年度の数字を単純に比較すると、次のようになる。
- 実効金利「r」:約1.0%
- 名目GDP成長率「g」:4.1%
- 金利と成長率の差「r-g」:約マイナス3.1%
したがって、足元の日本では、
g > r
が成立している。
仮に債務残高対GDP比を200%とすると、金利と成長率の差による効果は、概算で次のようになる。
(1.0%-4.1%)× 200% = マイナス6.2%
ほかの条件を単純化すれば、基礎的財政赤字がGDP比6.2%以内であれば、債務残高対GDP比が低下する余地があることを意味する。
つまり、政府債務の絶対額が増えていても、名目GDPがそれ以上の速度で増えれば、債務残高対GDP比は低下し得る。
「国の借金1,200兆円」に地方債は含まれない
ここで注意しなければならないのが、債務の範囲である。
俗にいう「国の借金1,200兆円」とは、一般に財務省が公表する中央政府の国債、借入金、政府短期証券などの合計を指す。地方公共団体が発行する地方債は、原則として含まれていない。
2025年6月末時点では、国債・借入金・政府短期証券の合計は約1,332兆円だった。
一方、地方債などを含めた債務は、「国及び地方の長期債務残高」として別に集計されている。
地方分には、主に次の債務が含まれる。
- 地方債
- 公営企業債のうち普通会計負担分
- 交付税特別会計借入金
参考:財務省「国及び地方の長期債務残高の中の地方残高の内訳」
したがって、「国の借金」と「日本の一般政府全体の債務」は同じものではない。
「公債」という言葉にも注意が必要である
公債という言葉は、広義には国債と地方債の総称として使われる。
公債 = 国債+地方債
しかし、中央政府の予算資料では、「公債残高」が普通国債など、国の債務だけを意味する場合がある。
したがって、実効金利を計算するときは、分子と分母の対象範囲を一致させなければならない。
| 分析対象 | 分子 | 分母 |
|---|---|---|
| 中央政府 | 国の利子支出 | 国債・国の借入金 |
| 地方政府 | 地方の利子支出 | 地方債・地方の借入金 |
| 一般政府全体 | 国・地方等の利子支出 | 国・地方等の連結債務 |
国債の利子だけを分子に置きながら、分母に地方債まで含めるのは不適切である。反対に、国と地方の利子を分子に置きながら、分母を国債残高だけにするのも適切ではない。
国と地方の間に貸借関係がある場合は、二重計上を避けるため、政府内部の債権と債務を相殺する必要もある。
日本全体を論じるなら一般政府ベースが適切
中央政府の財政負担だけを分析するなら、国の利子支出と中央政府の債務残高を使えばよい。
しかし、日本の財政全体が持続可能かを論じるのであれば、地方政府や社会保障基金も含む「一般政府」を対象とするのが適切である。
この場合の実効金利は、次のようになる。
一般政府の実効金利 = 一般政府全体の利子支出 ÷ 前期の一般政府債務残高
ここには中央政府の国債だけでなく、地方債や地方政府の借入金なども含まれる。ただし、政府内部の貸借は連結・相殺する。
IMFやOECDが国際比較に用いる政府債務対GDP比も、基本的には地方政府を含む一般政府ベースである。
したがって、中央政府だけから求めた約1%の実効金利と、地方を含む一般政府の債務残高対GDP比を、そのまま組み合わせることはできない。
ドーマー条件を厳密に適用するためには、次の三つを同じ政府範囲に統一する必要がある。
- 利子支出
- 債務残高
- 基礎的財政収支
弁証法的に見た日本財政
正――日本の政府債務は巨額である
日本の政府債務は、金額でもGDP比でも極めて大きい。
今後、国債金利が上昇し、低金利で発行された国債の借換えが進めば、国債残高全体の実効金利も徐々に上昇する。
高齢化による社会保障費の増加も続くため、債務の大きさを軽視することはできない。
反――債務額だけでは財政危機を判断できない
政府債務は、絶対額だけで評価するものではない。
名目GDP成長率が実効金利を上回っていれば、政府債務の金額が増加しても、債務残高対GDP比は低下し得る。
足元では、中央政府の実効金利が約1%であるのに対し、2025年度の名目GDP成長率は4.1%である。
少なくとも短期的には、ドーマー条件は日本に有利に働いている。
合――問題は債務額ではなく「r」と「g」の将来経路である
日本財政の本当の問題は、現在の債務額だけではない。
重要なのは、今後も名目GDP成長率が実効金利を上回り続けられるかである。
現在の名目成長率4.1%は、実質成長率0.8%と物価上昇によって構成されている。
今後、物価上昇率が鈍化して名目成長率が低下する一方、過去の市場金利上昇が借換えを通じて実効金利を押し上げれば、g > rの差は縮小する。
さらに、r > gへ逆転すれば、巨額の政府債務が利払い費を増加させ、債務残高対GDP比に強い上昇圧力をかける。
したがって、必要なのは単純な緊縮財政でも、インフレによる債務圧縮への依存でもない。
実質的な生産力、労働生産性、賃金、企業投資を高め、物価上昇だけに頼らない名目成長を維持することである。
結論
足元の日本では、名目GDP成長率が中央政府の実効金利を上回っている。ドーマー条件上は、債務残高対GDP比を安定または低下させやすい環境にある。
ただし、この判断には三つの注意点がある。
第一に、ドーマー条件では、原則として実質GDP成長率ではなく名目GDP成長率を使う。
第二に、金利には現在の10年国債利回りではなく、既発債を含む債務残高全体の実効金利を使う。
第三に、中央政府を分析するのか、地方を含む一般政府全体を分析するのかを明確にし、利子支出、債務残高、基礎的財政収支の範囲を一致させる必要がある。
日本財政の持続可能性を決めるのは、「借金が1,200兆円を超えている」という絶対額だけではない。
重要なのは、実効金利「r」と名目GDP成長率「g」のどちらが高いか、そして基礎的財政赤字をどの程度に抑えられるかである。
足元では日本に有利な条件が成立している。しかし、その名目成長が物価上昇だけに依存しているなら、永続的とはいえない。
日本財政を安定させる最も確実な道は、緊縮によって経済規模を縮小させることではなく、実質的な成長力を高め、長期にわたってg > rを維持することである。

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