戦後の先進諸国では、ケインズ主義政策と社会保障を組み合わせた「規制資本主義」(修正資本主義とも呼ばれる)が拡大しました。修正資本主義は、資本主義が必然的に生み出す階級対立や恐慌・失業などの矛盾を国家の介入によって緩和し、社会保障や財政政策などで経済の民主化を目指す考え方です。第一次世界大戦後の労使協調政策やアメリカのニューディール、戦後の英国「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家などがその典型とされています。日本では1947年に経済同友会がこの構想を提唱したことから、各先進国で国家が経済活動へ積極的に関与する体制が広がりました。
賃金・物価の抑制が難しかった理由
規制資本主義下では、完全雇用や福祉充実を掲げたために労働組合の発言力が強まり、実質賃金の改善要求が制度化されました。1970年代の文献では、高度成長期に技術革新に伴う労働生産性の上昇を背景に「経済発展水準に相応しい賃金」を求める運動が起こり、賃金上昇が生産性を上回ることもあったと指摘しています。寡占産業では賃金・コストの上昇がそのまま製品価格に転嫁され、新たな物価上昇の要因となりました。賃金引き上げが年中行事化し、物価上昇が予想されるために借金をして先に消費する行動が広がり、物価・賃金の上昇スパイラルが生まれたことも報告されています。
経済学では、インフレと失業の間にトレードオフ(フィリップス曲線)があるとされ、価格安定を保ったまま完全雇用を実現するには賃金抑制が不可欠だとされました。しかし1970年代初めにはインフレと失業が同時に高まるスタグフレーションが発生し、物価抑制には賃金抑制や失業による「脅し」が必要だとする認識が広がりました。このため各国政府は賃金・物価の直接統制や景気抑制策を実施しましたが、効果は限定的でした。
アメリカでは1971年以降、賃金・物価の直接規制と金融・財政による総需要管理が行われました。しかし石油危機を契機にインフレが加速し、1974年には戦後初めて二桁のインフレ率となりました。直接規制を業種別に順次撤廃した結果、それまで押さえつけられていた企業のコスト転嫁や利幅拡大要求が表面化し、需給要因と関係のない価格上昇圧力が強く作用しました。統制の弊害として、ヤミ市場の出現や生産意欲の低下、輸出優先などが報告され、物価抑制策がかえってインフレを助長する恐れも出たため、1973年末以降は直接統制を廃し、総需要管理政策へ戻りました。さらに労働協約に付随する生計費調整条項によって賃金が消費者物価に強く連動し、賃金が「下方硬直的」に決まるようになったため、賃金コストの上昇が企業収益を圧迫し国際競争力を弱めたことが指摘されています。このように規制資本主義は、賃金抑制や物価抑制に苦戦し、長期的なインフレ体質を内包していました。
自由貿易拡大と福祉充実の「政策トリレンマ」
規制資本主義が直面したもう一つの問題は、自由貿易の拡大と国内の福祉国家政策を両立させる難しさでした。ハーバード大学のダニ・ロドリックは「政治経済のトリレンマ」として、国家主権(国民が自国の経済政策を決定する権利)・民主主義(国民の意思を政策に反映させる仕組み)・グローバリゼーション(深い経済統合)の三つは同時には達成できず、常に二つしか両立できないと指摘しました。ロドリックは、ブレトンウッズ体制(1944~1971年)が成功したのは、為替管理や資本規制を通じて国際経済統合を国内経済の管理や民主政治に従属させていたからだと述べています。グローバリゼーションを深めるほど、国の主権や民主主義的な政策余地は縮小し、逆に福祉国家的な政策を維持しようとすれば国際経済への開放度を下げる必要が出てきます。
RIETIのコラムもこの見方を紹介し、国家主権・民主主義・グローバリゼーションの3つの政策目標のうち同時に2つしか達成できないと説明しています。たとえばEU加盟国は民主主義と国際経済への開放を選んでいるため、加盟国としての主権を制限せざるを得ません。逆に国益を最優先して主権を強める英国のEU離脱は、グローバル化を犠牲にすることによってのみ実現できると論じています。このトリレンマの視点から見ると、1970年代の先進国が追求した「自由貿易の拡大」と「福祉国家の充実」の両立は、本質的に緊張関係にありました。
実際、ヨーロッパとアメリカが第二次世界大戦後に築いた「埋め込まれた自由主義」(embedded liberalism)は、国境を越える資本移動を規制しながら国際分業と国内の政策余地を両立させるものでした。ところが1980年代以降、資本移動の自由化が進み貿易と金融の自由化が深まると、福祉や労働基準の引下げ競争を避けつつ国際競争力を保つことが難しくなりました。欧米の研究は、トランスアトランティック貿易の発展は「埋め込まれた自由主義と政策自律性の妥協」に基づいていたが、資本移動が拡大するにつれて深い国際分業を求める一方で福祉・労働・環境基準の底辺への競争を避けようとしても統治が難しくなり、国内の調整費用(失業者の再訓練や手当てなど)が労働コストを引き上げ、価格競争力を損なうと指摘しています。
規制資本主義からの転換と修正資本主義への批判
このように、規制資本主義は賃金・物価の抑制に苦戦しつつ、自由貿易の拡大と国内福祉の充実を両立させることが難しいトリレンマに直面しました。高賃金と社会保障が国際競争力を弱める一方、賃金抑制や福祉削減は民主政治の支持を失うというジレンマも存在しました。1970年代の世界的なスタグフレーションと石油危機、為替自由化に伴う国際資本移動の拡大は、この矛盾を顕在化させ、従来の修正資本主義を再び「克服すべき対象」とする論調を生みました。
1980年代以降、サッチャー政権やレーガン政権は、「インフレ鎮静化のためには今秋以降の賃金ラウンドで賃金上昇率を控え目に収められるかどうかが重要だ」とし、賃金・物価統制を廃止して厳格な通貨供給抑制や競争政策を掲げました。規制を廃止し、市場競争と金融自由化を重視する新自由主義的政策が台頭し、国家の役割を縮小して労働市場を柔軟化させる方向へ転換しました。修正資本主義の特徴である国家介入と福祉政策は「非効率でインフレを招く」と批判され、企業の競争力や財政規律の回復が重視されるようになりました。
まとめ
規制資本主義は、強い労働組合と物価上昇期待の下で賃金と物価の抑制に苦戦しました。賃金は物価に連動して下方硬直的に決まり、賃金上昇が生産性を上回るとコスト増が価格に転嫁される構造が存在しました。物価抑制のために実施された賃金・物価の直接統制は、生産意欲の低下やヤミ市場の拡大を招き、解除後のコスト転嫁によりインフレが再燃するなど副作用が大きく、長続きしませんでした。同時に、自由貿易の拡大と国内福祉政策の維持は「国家主権・民主主義・グローバリゼーション」の三つの目標が同時に達成できないという「政治経済のトリレンマ」を抱えており、先進国は資本規制や政策協調による妥協を模索しました。しかし資本移動の自由化が進むと、この妥協は維持できなくなり、修正資本主義は再び批判の対象となりました。こうした歴史的経緯を通じて、賃金と物価の安定、自由貿易の拡大、福祉充実をすべて両立させることの難しさが明らかになったのです。

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