――普遍的人権と歴史的矛盾の弁証法
序論
1776年7月4日に採択された米国独立宣言は、単なる英国からの分離宣言ではない。そこでは、人間は生まれながらにして平等であり、「生命・自由・幸福の追求」という奪うことのできない権利を有すると宣言された。
この三者のうち、生命は人間が存在するための基礎であり、自由はその生命を自らのものとして生きるための条件である。生命なき自由は成立せず、自由なき生命は単なる生存へと縮減される。したがって独立宣言は、生命を守ることと自由を実現することを結合し、政治権力の正当性を根本から組み替えた文書といえる。
しかし、その普遍的理念を掲げた社会には、奴隷制、先住民排除、女性の政治的無権利という重大な矛盾が存在した。この理念と現実の衝突こそが、その後の米国史を動かす弁証法的な原動力となった。
正――生命と自由は万人に属する自然権である
独立宣言の出発点は、生命や自由を国王から与えられる恩恵ではなく、人間が生まれながらに有する権利と捉えた点にある。
それまでの君主制的秩序では、臣民の生命と財産は、究極的には国王の統治権の下に置かれていた。これに対して独立宣言は、政治権力の目的を人民の権利の保障に限定し、政府はそのために人民によって設けられると主張した。
この論理によれば、国家が生命と自由を保障するから人間に権利が生じるのではない。人間があらかじめ権利を有しているからこそ、その権利を守る国家だけが正当性を持つのである。
ここで生命とは、単に殺されない権利にとどまらない。恣意的な逮捕、課税、軍隊の駐留、代表なき統治などから身体と生活を守る権利を含んでいた。他方、自由とは、他者から一切の制約を受けない状態ではなく、自ら同意した法と政府の下で生きる政治的自己決定を意味した。
ゆえに、生命と自由は相互に補完する。
- 生命は自由の物質的前提である。
- 自由は生命に人間的な内容を与える。
- 政府は両者を保障する手段である。
- 政府が両者を破壊するとき、人民には政府を変更・廃止する権利が生じる。
この意味において、独立革命は生命を犠牲にして自由を得ようとする戦争であると同時に、自由を失った生命は完全な生命ではないという思想の実践でもあった。
反――普遍的人権を掲げた社会が、生命と自由を選別した
ところが、独立宣言のいう「すべての人間」は、現実には文字どおりの万人を意味しなかった。
宣言の主要な起草者であるトマス・ジェファソン自身が奴隷所有者であり、独立後も黒人奴隷は財産として売買された。奴隷には身体の自由がなく、家族を維持する保障もなく、その生命すら所有者の支配に従属していた。
また、先住民は独立を達成する主体としてではなく、領土拡張の障害として扱われた。女性も政治的意思決定から排除され、財産を持たない白人男性の参政権も制限されていた。
したがって、独立宣言には二重構造が存在する。
一方では、人権を身分・伝統・国王の許可から解放し、普遍的な自然権として提示した。他方では、その権利を実際に享受する「人間」の範囲を、白人男性を中心とする共同体に限定したのである。
さらに、生命と自由の間にも緊張がある。植民地側は、自由を獲得するために戦争を選び、多数の生命を危険にさらした。英国への服従を続ければ当面の生命は守られるかもしれない。しかし、その生命は政治的自由を欠いたままである。反対に独立を選べば自由への可能性は開かれるが、戦争による死を受け入れなければならない。
ここには、「生きるために自由を求めるが、自由を求めることで生命を危険にさらす」という革命固有の矛盾がある。
合――理念と現実の矛盾が、自由の主体を拡張した
独立宣言の歴史的意義は、1776年の時点でその理念が完成していたことにあるのではない。むしろ、現実には実現されていなかった普遍的原理を公的に宣言してしまったことにある。
「すべての人間は平等である」と宣言した以上、奴隷制や人種差別を永遠に正当化することは論理的に困難となる。理念が現実を正当化するだけでなく、現実を告発する基準へと転化したのである。
この矛盾は、その後の歴史の中で繰り返し現れた。
- 奴隷制廃止運動は、黒人にも生命と自由があると主張した。
- 南北戦争と奴隷解放は、建国理念と奴隷制の矛盾を国家的に処理しようとした。
- 女性参政権運動は、「すべての人間」に女性も含まれると要求した。
- 公民権運動は、法文上の自由を実質的な自由へ転化しようとした。
- 現代の社会保障や医療をめぐる論争は、生命を守るために国家がどこまで介入すべきかという新たな問題を提起している。
こうして自由の概念は、単なる国家権力からの解放という「消極的自由」から、生命、教育、健康、尊厳を現実に維持できる「実質的自由」へと拡張されてきた。
もっとも、生命の保護を理由に国家権力を無制限に拡大すれば、監視や統制によって自由が侵害される。他方、自由を絶対化して国家の責任を否定すれば、貧困や差別によって生命そのものが脅かされる。したがって、生命と自由の統一は一度完成して終わるものではなく、両者の緊張を調整し続ける政治的過程である。
結論
米国独立宣言における生命と自由は、単純に並列された二つの権利ではない。
生命は自由の前提である。しかし自由を欠いた生命は、権力に従属するだけの生存に陥る。自由は生命に尊厳と自己決定を与える。しかし生命の条件を顧みない自由は、形式的な権利にとどまり、経済的・社会的強者の自由へと変質する。
弁証法的にみれば、独立宣言の本質は次のように整理できる。
国王に従属する生命に対して自由を対置し、さらに生命と自由をすべての人間に保障すべき不可分の権利として統合した。
ただし、1776年の米国はこの統合を実現していなかった。独立宣言は完成された現実の記述ではなく、現実自身を批判し続ける未完の規範だったのである。
その最大の歴史的意義は、米国が最初から自由で平等な国家だったことではない。むしろ、自国の奴隷制や差別をも否定し得る普遍的原理を、自らの建国文書の中に刻み込んだ点にある。
ゆえに独立宣言とは、自由を獲得したという過去の宣言であると同時に、すべての生命を自由な生命へと高め続けよという、現在にも未完の命令なのである。


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