この3条は、いずれも「後から損失や回収不能が発生した場合、どの年分の所得を、どのように減額するか」を定める規定である。
ただし、役割は明確に異なる。
| 条文 | 基本的な役割 | 修正する年分 |
|---|---|---|
| 51条 | 事業継続中の資産損失・貸倒損失 | 損失・貸倒れが確定した年 |
| 63条 | 廃業後に発生した費用・損失 | 廃業年または一定の場合は前年 |
| 64条 | 事業所得以外の代金などが回収不能 | 当初その収入を計上した年 |
1.所得税法51条――資産損失の必要経費算入
条文の趣旨
所得税法51条は、事業用資産の滅失や、事業上の債権の貸倒れによって生じた損失を、必要経費に算入するための基本規定である。
簡単にいえば、
事業を続ける過程で発生した損失は、その損失が確定した年の事業所得等から控除する
という規定である。
51条1項――事業用固定資産などの損失
事業に使っていた建物、機械、車両などが、災害・盗難・取壊しなどによって失われた場合、その損失額を原則として必要経費に算入する。
ただし、保険金などで補填される部分は損失額から控除する。
例えば、帳簿価額300万円の事業用機械が災害で滅失し、保険金を200万円受け取った場合、原則的な損失は100万円となる。
51条2項――事業上の債権の貸倒れ
今回の資料で直接問題となっているのが、この規定である。
対象となるのは、事業の遂行上生じた次のような債権である。
- 売掛金
- 事業上の貸付金
- 前渡金
- 工事未収金
- 報酬の未収金
- 事業的規模の不動産貸付けに係る未収賃料
- 事業用物件の敷金・保証金
これらが貸倒れになった場合、貸倒れが確定した年分の事業所得の必要経費に算入する。
貸倒れが認められる三つの類型
実務上は、おおむね次の三つに整理される。
① 法律上の貸倒れ
- 再生計画や更生計画による債権切捨て
- 特別清算による切捨て
- 合理的な債権者協議による切捨て
- 債務超過が相当期間継続した債務者に対する書面による債務免除
切り捨てられた部分が貸倒損失となる。
② 事実上の貸倒れ
債務者の資産状況・支払能力から見て、債権の全額を回収できないことが客観的に明らかになった場合である。
この場合は、原則として債権の全額が貸倒れとなる。一部だけを任意に貸倒処理する制度ではない。
担保がある場合には、原則として担保を処分した後でなければ貸倒れとすることはできない。国税庁「貸倒損失」
③ 形式上の貸倒れ
継続的な取引をしていた相手について、取引停止後1年以上弁済がない場合などは、売掛債権から備忘価額を控除した残額を貸倒れとして処理できることがある。
これは売掛金等に関する取扱いであり、単なる貸付金には適用されない。
貸倒れの計上を失念した場合
2024年中に貸倒れが客観的に確定していたのに、その年の必要経費への算入を忘れたとする。
この場合、2026年の必要経費に付け替えることはできない。貸倒れは2024年に帰属するため、原則として2024年分について更正の請求をする。
つまり、貸倒損失は基本的に任意に計上年を選べるものではない。
2.所得税法63条――廃業後に生じた必要経費の特例
条文の趣旨
通常の必要経費は、その年中に債務が確定したものを、その年の所得から控除する。
しかし、個人が廃業した後に費用や損失が発生すると、控除すべき事業所得そのものが存在しないことがある。
そこで63条は、
廃業後に発生した費用・損失でも、事業を継続していれば必要経費になったものは、廃業年などに遡って必要経費に算入する
という救済措置を設けている。
典型例
個人事業主が2025年に廃業し、2026年に次の支出・損失が発生した場合を考える。
- 廃業前の取引に関する追加費用
- 元従業員に対する退職給与
- 廃業前の事業に係る損害賠償金
- 廃業前に発生した売掛金の貸倒れ
- 廃業後に確定した事業関連債務
これらが、事業を廃止していなければ必要経費となる性質のものであれば、63条の適用対象になり得る。
63条の重要な意味
63条は、費用の債務確定時期そのものを変更する規定ではない。
本来は廃業後に確定した費用だが、
廃業によって控除する所得がなくなる不合理を避けるため、特別に廃業年などの所得を再計算する
という仕組みである。
一定の場合には、廃業した年分だけで控除しきれない金額について、その前年分まで再計算の対象となり得る。ただし、所得税法施行令179条による限度額の計算があるため、無制限に過去年分へ遡れるわけではない。
相続による事業廃止との関係
個人事業主が死亡し、その事業が承継されずに終了した場合にも、死亡による事業廃止後に費用や損失が確定することがある。
その費用が、
- 被相続人の事業に由来し
- 事業が続いていれば必要経費になり
- 相続人自身の新たな事業費用ではない
というものであれば、被相続人の廃業年分に対する63条の適用を検討する。
ただし、死亡後に債務が確定したというだけで、当然に被相続人の必要経費になるわけではない。63条という特例の要件を満たす必要がある。
手続
既に確定申告が終わった廃業年分に63条を適用する場合は、所得税法152条の特例による更正の請求を検討する。
通常の更正の請求期間だけでなく、後発的に費用・損失が発生した場合の特別な期限管理が必要になる。国税庁「所得税法63条関係」
3.所得税法64条――回収不能額を過去の収入から取り消す特例
条文の趣旨
所得税では、代金をまだ現金で受け取っていなくても、権利が確定すれば収入に計上することがある。
ところが、その後に代金を回収できなくなると、実際には受け取っていない金額に税金を負担したままになる。
そこで64条は、
回収不能となった金額について、当初から収入がなかったものとして、収入計上年の所得を再計算する
という救済を行う。
51条との違い
ここが最重要である。
- 51条:貸倒れが発生した年の「必要経費」にする
- 64条:当初の年の「収入をなかったもの」とする
例えば、2024年に100万円を収入計上し、2026年に全額回収不能となった場合を比べる。
| 適用規定 | 2024年 | 2026年 |
|---|---|---|
| 51条 | 収入100万円のまま | 貸倒損失100万円 |
| 64条 | 収入100万円を取り消す | 原則として損失計上しない |
年をまたぐ場合、両者の効果は同じとは限らない。所得控除、税率、損益通算などが年ごとに異なるからである。
非事業的規模の不動産所得
今回の資料が重視しているのが、この論点である。
事業的規模ではない不動産貸付けの未収賃料が回収不能になった場合、51条2項によって回収不能年の必要経費にするのではなく、64条により、その賃料を収入に計上した年分の収入をなかったものとして処理する。
したがって、
- 2024年:未収賃料を不動産所得の収入に計上
- 2026年:回収不能が確定
- 処理:2024年分について更正の請求
という流れになる。
回収不能の判定
64条における回収不能の判定は、基本的に51条関係の貸倒れの基準に準じる。
単に、
- 相手と連絡が取れない
- 支払いが遅れている
- 回収が難しそうである
というだけでは足りない。債務者の資産状況や法的整理などから、回収不能が客観的に明らかであることが必要になる。国税庁「所得税法64条関係」
保証債務の特例
64条2項には、保証人が保証債務を履行し、主たる債務者に対する求償権を行使できなくなった場合の特例もある。
一定の要件を満たす場合、保証債務を履行するために資産を譲渡したことによる所得について、求償不能額に対応する部分をなかったものとして計算する。
ただし、単に保証人として代わりに払っただけでは足りず、求償権が客観的に回収不能になっていることが必要である。
4.3条の使い分け

実際には「事業的規模か」「どの所得に属する債権か」「資産損失か債権の回収不能か」などを個別に判定するため、この図は基本的な整理である。
5.試験対策上の覚え方
51条=今の年に損失を置く
事業継続中に事業用資産・債権の損失が確定したなら、原則としてその年の必要経費。
63条=廃業年へ戻す
廃業後に事業由来の費用・損失が発生したなら、廃業年などの所得を再計算する。
64条=元の収入を消す
事業所得として貸倒損失処理できない代金等が回収不能となったなら、当初の収入計上年に戻って、収入をなかったものとする。
結論
3条の違いは、次の一文に集約できる。
51条は「損失発生年の必要経費」、63条は「廃業後の損失を廃業年等へ遡及」、64条は「回収不能額について当初の収入を取消し」である。
したがって、問題を解く際には、まず次の順番で確認する必要がある。
- その債権・資産はどの所得に関係するか
- 事業的規模または事業所得に係るものか
- 損失が確定したのはいつか
- その時点で事業を継続していたか
- 必要経費として処理するのか、過去の収入を取り消すのか
※具体的な申告では、貸倒れの客観的証拠と更正の請求期限の確認が必要である。


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