錬金術によって金価格が暴落する可能性は低い

コモディティ

――人工的な元素変換をめぐる弁証法的考察

正:科学技術の発展は金の希少性を破壊し得る

金が高価である最大の理由は、自然界における希少性と採掘の困難さにある。したがって、鉛や水銀などの安価な元素を金へ大量かつ低コストで変換できれば、金の供給制約は失われ、価格は暴落するはずである。

この構図は、合成ダイヤモンドの普及に似ている。かつて天然資源としてしか得られなかった物質が工業的に生産可能になれば、「希少だから高い」という価値の前提が崩れる。

実際、現代物理学は中世の錬金術師が夢見た元素変換をすでに実現している。粒子加速器によって鉛原子核から陽子を3個取り除けば、原子番号82の鉛は、原子番号79の金になる。CERNのLHCでも、鉛原子核から金原子核が生成される現象が確認されている。

したがって、錬金術はもはや科学的に不可能なのではない。技術的には実現済みなのであり、将来的な技術革新が金の希少性を破壊する可能性も、論理的には否定できない。


反:元素変換の実現と金の大量生産はまったく別である

しかし、「金原子をつくれること」と「金を商品として供給できること」の間には、巨大な隔たりがある。

現在の元素変換では、原子核を一個ずつ操作しなければならない。CERNでは毎秒最大約8万9,000個の金原子核が生成されるものの、2015~2018年の総量は約29ピコグラム、すなわち約0.000000000029グラムにすぎなかった。しかも、その金原子核は装置内で直ちに別の粒子へ壊れてしまう。

一方、金1グラムには約30垓個、すなわち約 3.06×10213.06\times10^{21} 個の原子が含まれる。現在の生成速度では、たとえ生成物をすべて回収できたとしても、1グラムを得るまでに約10億年を要する。

さらに、人工金を生産するには、

  • 巨大な粒子加速器や原子炉
  • 莫大な電力と冷却設備
  • 特定同位体の分離・濃縮
  • 生成物の回収と精製
  • 放射性同位体の管理

が必要となる。

これは鉱山から金を採掘するより桁違いに高い。つまり、錬金術による人工金は、金価格を下げる供給源ではなく、むしろ金そのものよりはるかに高価な研究成果である。

金価格は「新規生産量」だけでは決まらない

金には原油や穀物と異なる特徴がある。採掘された金の大部分は消費されず、地上在庫として蓄積され続ける。

そのため、金価格を暴落させるには、年間の鉱山生産量を少し増やすだけでは足りない。人類が長年蓄積してきた膨大な地上在庫と比較できる量を、新たに供給しなければならない。

仮に人工金を年間数トン生産できても、世界の鉱山生産量や既存在庫に対しては限定的であり、それだけで金価格が崩壊するとは限らない。暴落を引き起こすには、何百トン、何千トンという規模で、しかも市場価格を下回るコストによる継続的な生産が必要である。


合:人工金は理論的リスクだが、現実の価格形成要因ではない

以上を止揚すると、錬金術による金価格暴落は「物理的に不可能」なのではなく、「経済的に成立する見込みが極めて低い」と結論づけられる。

元素変換は核反応であるため、化学反応による合成品とは本質的に異なる。化学反応は電子の組み替えであり、大量生産に向いている。これに対して元素変換は原子核の構造そのものを変えるため、必要なエネルギー、設備、制御精度が圧倒的に大きい。

また、錬金術が金価格に影響を与えるには、次の条件がすべて満たされなければならない。

  1. 安価な原料から安定同位体の金197を生成できる
  2. グラムではなくトン単位で量産できる
  3. 放射能のない金を安全に回収できる
  4. 総費用が天然金の採掘費を下回る
  5. 巨大な既存地上在庫に匹敵する供給を継続できる

これは単なる加速器の性能向上では足りず、原子核工学における質的な技術革命を必要とする。

しかも、そのような技術が成立した場合、影響は金市場だけにとどまらない。元素を自由に変換できるなら、白金、パラジウム、レアアース、核燃料なども人工生産できる可能性がある。世界の資源価格、エネルギー体系、軍事技術を根本から覆すため、人工金の暴落を心配する以前に、経済社会そのものが別の段階へ移行しているだろう。

結論

錬金術による金価格暴落は、論理上はゼロではない。しかし、現在の技術と予見可能な将来において、その可能性は極めて低い。

現代科学は「鉛を金に変えられるか」という中世以来の問いには肯定的な答えを出した。しかし市場が問うのは、「金をつくれるか」ではなく、「天然金より安く、大量かつ継続的につくれるか」である。この問いへの答えは明確に否定的である。

したがって、金価格にとって現実的なリスクは錬金術ではない。むしろ、

  • 中央銀行の売買方針
  • 実質金利の上昇
  • ドルへの信用回復
  • インフレ期待の後退
  • ETFからの大規模な資金流出
  • 宝飾・投資需要の減少

などである。

要するに、人工金は金の「物理的希少性」を理論上相対化したが、その「経済的希少性」を破壊してはいない。金価格を脅かすのは原子核物理学上の錬金術よりも、通貨・金融制度に対する人間の信認の変化なのである。

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