借地借家法が生む「家賃の二重構造」

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日本の賃貸住宅市場では、同じマンション・同じ間取りであっても、新規入居者が月30万円、長期入居者が月15万円という家賃格差が生じることがあります。その背景には、「新規募集賃料」と「継続賃料」が異なる原理で決まるという構造があります。

1.普通借家契約では市場家賃へ直ちに変更できない

借地借家法32条は、地価・物価・税負担の変動や近隣家賃との格差によって家賃が不相当となった場合、貸主が増額を請求することを認めています。

しかし、周辺の新規募集賃料が30万円になったからといって、既存家賃15万円を直ちに30万円へ変更できるわけではありません。借主が同意しなければ、調停や訴訟によって相当な「継続賃料」を決める必要があります。

その判断では、現在の市場家賃だけでなく、従来の家賃、契約の経緯、前回改定からの期間、地価・物価・税負担の変化などが総合的に考慮されます。

2.貸主は、収益目的だけでは入居者を退去させにくい

普通借家契約では、貸主による更新拒絶や解約申入れに「正当事由」が必要です。

単に、

現在の入居者は15万円しか払っていないが、退去すれば30万円で貸せる

という理由だけで、当然に退去を求められるわけではありません。

そのため貸主は、既存家賃を市場水準まで上げられず、入居者が自主的に退去するまで従来の家賃が残りやすくなります。これが、東京都心で新規家賃と継続家賃が分断される主因です。

3.定期借家なら市場家賃を反映しやすい

定期借家契約は、定められた期間の満了によって更新なく終了します。

契約期間中は、地価が上昇したからといって貸主が自由に家賃を変更できるわけではありません。ただし、客観的な家賃改定特約を定めることができます。

また、期間満了後に同じ借主が住み続ける場合は「更新」ではなく新しい契約を結ぶ「再契約」です。貸主は再契約の条件として、その時点の市場家賃を提示できます。

したがって、定期借家は普通借家よりも、地価や賃料相場の上昇を家賃へ反映しやすい契約です。

4.それでも普通借家契約が主流である理由

普通借家契約は法律上、借主を強く保護します。しかし、賃貸経営上、必ずしも大家に一方的に不利とは限りません。

借主は、数年後に退去を求められる可能性のある定期借家より、長期間安心して住める普通借家を好みます。特に子育て世帯、高齢者、長期居住希望者にとって、居住継続の安定性は重要です。

定期借家にすると、借主から敬遠されたり、その不安定さの代償として家賃の値下げを求められたりする可能性があります。

5.大家は「値上げの自由」と引き換えに安定収益を得ている

大家にとって重要なのは、表示上の家賃だけでなく、空室や募集費用を差し引いた実質収入です。実質収入=家賃×入居月数−空室損失−募集費用−原状回復費実質収入 = 家賃 \times 入居月数 – 空室損失 – 募集費用 – 原状回復費

入居者が頻繁に入れ替われば、空室期間、仲介・広告費、クリーニング費、原状回復費などが発生します。

一方、良質な入居者が普通借家で長く住めば、

  • 空室が発生しない
  • 入居者募集費用がかからない
  • 原状回復の回数が減る
  • 家賃収入を予測しやすい
  • 金融機関や購入者に安定収益を示せる

という利益があります。

つまり大家は、将来の大幅な値上げや退去要求の自由を一部手放す代わりに、長期入居と安定収益を得ています。

6.普通借家は相場下落時には大家を守る

普通借家契約が借主に有利なのは、主として相場上昇局面です。

市場家賃が20万円から17万円へ下落しても、既存入居者が20万円を払い続けていれば、今度は大家が継続契約の利益を得ます。

したがって普通借家は、

  • 家賃上昇局面:借主に有利
  • 家賃下落局面:貸主に有利
  • 平常局面:双方に安定性を与える

という性格を持っています。

7.日本の市場慣行も普通借家を前提としている

日本の賃貸市場では、契約書、管理会社の業務、家賃保証、法人の社宅規程、賃貸情報サイトなどが普通借家を標準として形成されています。

さらに、長年のデフレ、人口減少、住宅供給過剰の下では、大家が恐れていたのは家賃を上げられないことより、入居者が退去して次の借主が見つからないことでした。

東京都心の現在の家賃上昇だけを見れば普通借家は不合理に見えますが、全国的・長期的に見れば、安定収入を確保する合理的な契約でもあります。

結論

日本の普通借家契約は、借主の居住安定を強く守るため、地価や新規家賃が上昇しても既存家賃へ直ちに反映されません。その結果、東京都心では月30万円の新規賃料と月15万円の継続賃料が併存する「家賃の二重構造」が生じます。

しかし、普通借家が主流なのは大家が不利な制度を漫然と受け入れているからではありません。

大家は値上げ・退去要求の自由を制限される代わりに、長期入居、低い空室率、少ない募集費用、安定した家賃収入を得ている。

普通借家は「家賃上昇には弱いが、空室と家賃下落には強い長期安定型契約」です。一方、定期借家は「市場家賃を反映しやすいが、借主から敬遠され、空室や家賃割引を招きやすい機動型契約」です。

両者の違いは、借主保護の強弱だけでなく、大家が値上げ余地と収益安定性のどちらを重視するかという賃貸経営上の選択なのです。

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