金が米国債を超えた日――中央銀行が選んだ新たな安全資産の時代

1 テーゼ:インフレ率が米国債利回りを上回るとの判断による金の優位

  • 欧州中央銀行(ECB)の2026年6月報告によると、2025年末時点で公的準備資産に占める金の割合は27%となり、米国債22%とユーロ建て資産15%を上回った。
  • 国際金融研究においては、「米国債の実質利回りがマイナスとなる場合、金は機会費用が低くなり魅力が増す。マイナス実質利回りが中央銀行の準備配分を動かし、米ドル依存を減らすための手段として金保有が増加する」という分析がある。
  • 世界黄金協会の中央銀行金準備調査2025では、回答中央銀行の95%が「今後12か月間で世界の中央銀行の金準備は増加する」と予測し、43%が自国の金準備増加を計画している。調査では「危機時のパフォーマンス」「ポートフォリオ分散」「インフレヘッジ」が金保有の主な理由に挙げられている。
  • 実際、いくつかの国では米国債を売却し金を購入する動きが顕著である。中国人民銀行は過去10年で5570億ドル相当の米国債を売却し、金を538トン買い増したと報告されている。ロシア中央銀行も資産凍結リスクや「インフレ税」を避けるため米国債をゼロにし、代わりに915トンの金を追加した。
  • このような動きは、財政赤字の拡大・実質利回りの低下・地政学的分断が紙の安全資産への信頼を揺るがしていることを示している。投資会社WisdomTreeは、これらの要因が「ドル支配の半世紀を経て中央銀行が静かにリバランスを進めている」背景であり、金のシェア上昇は「ドルへの依存からの構造的な分散化」と評価する。

2 アンチテーゼ:値上がり効果や流動性の差異がもたらす見掛け上の順位変動

  • ECB報告は、金のシェアが上昇した主因は価格効果だと指摘する。金価格は2025年に約60%、2024年に約30%上昇しており、この値上がりが保有量を変えずに総額を押し上げた。金価格を2023年末水準で計算すると、金とユーロのシェアは16%で並び、米国債は26%で依然として最大となる。
  • 金には利息が付かず価格変動が大きいこと、保管コストや供給制約があることから、主要通貨に比べて準備資産としての役割には限界がある。
  • 金購入には地政学リスクへの備えが含まれるものの、その需要は地域的・政治的状況に左右されやすい。例えば、トルコはエネルギー輸入コストと通貨防衛のために2026年初めに約130トンの金を売却または貸し出した。
  • 米ドル建て資産は依然として外貨準備の42%を占め、欧米国債は市場規模・流動性・取引制度の整備で金よりも優位である。米国債利回りは2024〜25年にかけて上昇し、実質利回りが改善した局面もあり、すべての中央銀行が「インフレが利回りを上回る」と判断しているわけではない。

3 ジンテーゼ:多元的な要因と戦略的分散の結果としての金上昇

  • 金が公式準備の2位になった事実は、中央銀行がインフレと地政学リスクを警戒し、ドル依存を減らすために金保有を増やしていることを示している。否定的な実質利回りや財政赤字、資産凍結リスクがテーゼの背景にある。世界黄金協会の調査では、多くの中央銀行がインフレヘッジ・安全資産として金を評価し、今後も金保有を増やす意向を持つ。
  • 一方で、今回の順位変動の多くは金価格急騰という評価効果によるものであり、実際の保有量や価値で見れば米国債が依然として主要な安全資産である。金は無利息で価格変動が激しいため、全準備を金に替えるわけにはいかない。
  • 弁証法的に見ると、中央銀行の行動は「利回りか安全か」という二項対立を超えた調和点に向かっている。インフレ局面では金への依存を強めつつも、流動性と収益性を重視して米国債も保持する。金のシェア上昇は、米国金融制裁への警戒や金融システムの多極化に伴う長期的なポートフォリオ再編を反映しているが、同時に市場価格の影響を強く受けることも忘れてはならない。

要約

2025年末、金のシェアが27%となり米国債を抜いて公的準備資産の2位になった。中央銀行は高インフレと実質利回りの低下、米ドル制裁リスクを踏まえて金を増やし、インフレヘッジやポートフォリオ分散を重視した。しかし、金の順位上昇の大部分は金価格の急騰による評価効果であり、価格を2023年基準に戻せば米国債が依然として最大シェアを占める。金には無利息・価格変動・保管コストという制約があるため、中央銀行は米国債と金を両立させた多元的な準備戦略を採っている。

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