米国株の弱気相場は「何年かに一度」訪れるのか
――周期説と非周期説の弁証法
米国株式市場では、S&P500が直近高値から20%以上下落すると、一般に「弱気相場入り」と呼ばれる。(S&P Global)
過去の実績を平均すれば、弱気相場はおおむね数年に一度発生してきた。しかし、この平均値をそのまま未来の予測に用いることはできない。
弱気相場には一定の反復性がありながら、時計のような固定周期は存在しない。この矛盾を、弁証法によって考察する。
1.正――弱気相場は周期的に訪れる
まず、弱気相場には明らかな反復性がある。
長期的な米国株の歴史を見ると、株価は永続的に一直線で上昇するのではなく、
上昇相場
→過熱
→金融引締め
→景気減速
→弱気相場
→金融緩和
→回復
という循環を繰り返してきた。
1929年以降のS&P500については、20%以上の下落が何度も発生しており、長期平均ではおおむね4~6年に一度程度と捉えることができる。(ハートフォードファンズ)
代表的な弱気相場を並べると、次のようになる。
| 弱気相場 | 主因 | 前回からのおおよその間隔 |
|---|---|---|
| 1968~1970年 | インフレ・景気後退 | 約6年 |
| 1973~1974年 | 石油危機・インフレ | 約4年 |
| 1980~1982年 | ボルカー利上げ・景気後退 | 約6年 |
| 1987年 | ブラックマンデー | 約5年 |
| 2000~2002年 | ITバブル崩壊 | 約13年 |
| 2007~2009年 | 金融危機 | 約7年 |
| 2020年 | コロナショック | 約11年 |
| 2022年 | インフレ・急速な利上げ | 約2年 |
この歴史からすれば、「米国市場には数年に一度、20%を超える下落が訪れる」という認識には合理性がある。
周期が生じる理由
企業や投資家は、景気が良いときほど楽観的になる。
利益が増加すると株価が上昇し、株価が上昇すると借入れや投資が増え、さらに景気が良くなる。しかし、その過程で、
- 株価評価の過大化
- 企業・家計の債務増加
- 賃金・物価の上昇
- 投機の拡大
- 金融機関の融資基準緩和
が蓄積する。
やがてFRBがインフレや過熱を抑えるために金利を引き上げると、資金調達コストが上昇する。債券利回りが上昇すれば、株式の相対的な魅力も低下する。
したがって弱気相場は、単なる偶然ではなく、好況期に蓄積された矛盾が反転する局面だと考えられる。
2.反――弱気相場に固定的な周期は存在しない
しかし、「4~6年に一度」という数字を機械的な周期として扱うことには問題がある。
実際には、弱気相場の間隔は大きく異なる。
1987年から2000年までは約13年間、明確な弱気相場がなかった一方、2020年と2022年には約2年の間隔で弱気相場が発生した。
つまり、
前回の弱気相場から5年が経過したから、そろそろ次が来る
という推論には、十分な根拠がない。
株価循環と景気循環は同一ではない
NBERは米国の景気循環を、生産、雇用、所得、消費など幅広い経済活動に基づいて判定している。景気後退は経済活動のピーク後に始まり、底を打つまで続くと整理されている。(NBER)
しかし、株価は実体経済に先行して動く。
そのため、
- 景気後退の前に株価が下落する
- 景気後退がなくても弱気相場になる
- 景気後退中に株価が上昇へ転じる
- 一時的に20%下落しても短期間で回復する
ことがある。
1987年のブラックマンデーや2020年のコロナショックと、2000年代のITバブル崩壊や金融危機とでは、原因も期間もまったく異なる。
したがって弱気相場は、一つの単純な周期ではなく、
- 景気循環
- 信用循環
- 金融政策
- 市場評価
- 投資家心理
- 外部ショック
が複合的に作用した結果である。
政策が周期を変形させる
現代では、FRBや政府が危機に対応するため、利下げ、資金供給、財政支出などを実施する。
2008年の金融危機では、FRBが政策金利を引き下げ、流動性供給を拡大して信用収縮への対応を行った。(連邦準備制度理事会)
こうした政策介入は、不況や弱気相場を消滅させるわけではないが、
- 発生を先送りする
- 下落期間を短縮する
- 損失を民間から政府・中央銀行へ移転する
- 次の資産価格上昇を促す
可能性がある。
このため、過去の平均周期は、政策制度が変われば変化し得る。
3.止揚――弱気相場は「年数」ではなく「矛盾の蓄積」で訪れる
周期説と非周期説は、一見すると対立している。
周期説は、
市場は数年に一度、弱気相場に入る
と主張する。
非周期説は、
弱気相場の時期は不規則であり、年数では予測できない
と反論する。
両者を止揚すると、次のように整理できる。
弱気相場には反復性があるが、固定周期はない。数年という時間の経過そのものではなく、その間に金融・信用・評価の矛盾がどれだけ蓄積されたかが重要である。
すなわち、「4~6年に一度」という数字は、予報ではなく警戒の基準である。
前回から何年経過したかを見るだけでは不十分であり、以下を併せて観察しなければならない。
① 金融政策
政策金利の引上げや量的引締めは、株価を直ちに暴落させるとは限らない。しかし、時間差を伴って、
- 住宅市場
- 銀行融資
- 企業借入れ
- 設備投資
- 雇用
に影響する。
したがって重要なのは、「利上げしたか」だけではなく、高金利がどれほど長く維持されたかである。
② 信用市場
株式市場が最高値圏にあっても、社債スプレッドの拡大、銀行融資の厳格化、延滞率の上昇などが始まれば、内部では信用循環が悪化している可能性がある。
弱気相場は、株価だけを見るよりも、信用市場との関係から捉えた方が早く兆候を把握できる。
③ 株価評価と利益期待
株価収益率などが高くても、企業利益が同じ速度で成長すれば、直ちに弱気相場になるとは限らない。
反対に、株価が割高でなくても、利益予想が急速に下方修正されれば、株価は大きく下落する。
したがって問題は、単なるPERの高さではなく、
株価に織り込まれている成長期待と、現実の利益成長との乖離
である。
④ 市場内部の脆弱性
指数が上昇していても、一部の大型株だけが上昇し、多くの銘柄が下落している場合、見かけほど市場は強くない。
- 上昇銘柄数の減少
- 一部企業への時価総額集中
- ボラティリティの低下
- レバレッジ取引の拡大
は、必ず暴落をもたらすわけではない。しかし、外部ショックが生じた際に下落を増幅する条件となる。
4.「4~6年に一度」をどう利用すべきか
弱気相場の平均間隔は、投資判断の直接的な売買シグナルではない。
例えば、前回の弱気相場から5年経ったという理由だけで株式をすべて売却すれば、その後さらに数年間続く上昇相場を逃す可能性がある。
一方で、
いつ弱気相場が来るか分からないから、何も備えなくてよい
という態度も適切ではない。
平均周期の正しい使い方は、
数年に一度は20%以上の下落が起こり得ることを前提として、平常時から耐えられる資産配分を組むこと
である。
弱気相場入りを正確に予測するのではなく、
- 20%下落しても売却を強いられない現金余力
- 株式以外への一定の分散
- レバレッジ商品の比率管理
- 高値圏での一括投資回避
- 下落時の買付ルール
を準備する方が現実的である。
結論
米国株の弱気相場は、歴史的にはおおむね4~6年に一度程度発生してきたと捉えられる。しかし、その間隔は2年程度の場合もあれば、10年以上空く場合もある。
したがって、弱気相場を一定の暦上の周期として理解することはできない。
弱気相場の本質は、
好況と株価上昇の過程で、過剰評価、債務、インフレ、金融引締めという矛盾が蓄積し、それが何らかの契機によって顕在化すること
にある。
ゆえに、
「何年経ったか」は警戒を始める補助的な尺度であり、
「どれほど金融的矛盾が蓄積しているか」が本質的な尺度である。
米国市場は、数年ごとに機械的に弱気相場へ入るのではない。上昇相場が自ら生み出した脆弱性に耐えられなくなったとき、弱気相場へ転化するのである。


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