人工金で金は暴落するのか――核融合の可能性と水銀供給・量産の壁

コモディティ

核融合で水銀を本物の金に変えることは科学的に可能だが、商業的な量産は未実証である。世界の年間供給約5,000トンに対し、論文の代表的な設備が想定する生産量は年間約3トン。巨額の設備投資、水銀198の大量確保と濃縮、毒性に伴う採掘規制、放射性不純物の管理が普及を制約する。金の希少性への影響は、生成の成功だけでなく、総費用と継続供給量によって判断する必要がある。

1.今回の「錬金術」とは

Marathon Fusionの構想は、核融合で発生する中性子を使い、水銀198を水銀197に変え、その崩壊によって安定した金197を得るものです。できるのは模造品ではなく、天然の金と同じ安定同位体です。www.marathonfusion.com

中性子星合体で金が生まれる「急速中性子捕獲」とは別の反応なので、中性子星合体の超高温・高密度を地上で再現する必要はありません。

したがって、「金は中性子星合体でしかつくれないから人工生産は不可能」という反論は不適切です。一方、実験で金を生成できても、商業的に量産できるとは限りません。

2.世界の年間供給量と比べると、1基の生産量は小さい

比較の目安として、2025年の当初推計では、世界の金の年間供給量は約5,000トンでした。採掘に加え、宝飾品などのリサイクルも含みます。www.gold.org

同社の論文では、熱出力1GW当たり年間約2トン、代表的な1.5GWの設備で年間約3トンを想定しています。これはシミュレーションであり、実際の生産実績ではありません。www.marathonfusion.com

設備数〈1基=年間3トンと仮定〉金の年間生産量世界の年間供給との比較
1基3トン約0.06%
100基300トン約6%
1,000基3,000トン約60%

ただし、これは生産能力の掛け算です。原料調達や建設が可能であることまで示す数字ではありません。

3.建設費と製造費は、まだ確定していない

論文の採算計算では、1.5GWの設備に**30億ドル、約4,500億円〈1ドル=150円〉**という建設費を仮定しています。実際の見積額ではありません。www.marathonfusion.com

この設備が30年間、年間3トンを生産すると仮定し、建設費をすべて金に負担させると、

計算方法金1g当たりの設備費負担
30年間で単純に割る約5,000円
年8%の資本コストを含めて回収する約1万3,300円

さらに運転・修繕・精製・保管などの費用が加わります。一方、電力の販売収入で設備費を回収できれば、金に負担させる費用は減ります。

この構想の狙いは、電気と金を同時に生産し、核融合発電所全体の採算を改善することです。

4.水銀は安くても、水銀198の大量調達は難しい

天然水銀に含まれる水銀198は約10%です。使うには同位体を分離・濃縮する必要があり、普通の高純度水銀と、濃縮した水銀198は別の商品です。水銀198の現在の販売価格は個別見積もりが中心で、工業規模の調達価格は確認できていません。www.isotopes.gov

原料量には、二つの制約があります。

制約内容
毎年の補充分水銀198だけを使うなら、金1トンに対し天然水銀はおおむね10トン必要
最初に炉へ入れる在庫論文の代表例では、年間約3トンの金に対し、約600トン級の水銀198を装荷

後者を天然水銀から確保するなら、1基につき約6,000トン級の原料が必要になる計算です。初期在庫は毎年消費する量ではありませんが、設備の増設を難しくします。同社も在庫を大幅に減らす別設計を検討していますが、実証済みではありません。www.marathonfusion.com

5.毒性が、水銀の供給拡大を制約する

水銀は枯渇したから生産が減ったのではなく、健康被害を防ぐため、使用と採掘を減らしてきた金属です。

水俣条約は締約国の新規一次採掘を禁止し、既存の一次採掘も各国での発効から最長15年で終了させる仕組みです。需要が増えても、自由に鉱山を開発して供給を増やせません。www.env.go.jp

そのため、人工金には二つの側面があります。

  • 既存在庫や回収水銀を金に変える:有害な水銀の除去につながる可能性がある。
  • 金の増産のため、新たな水銀採掘を拡大する:汚染防止政策との調整が必要になる。

6.生成した金を、すぐ販売できるとも限らない

目的の金197は安定していますが、放射性同位体が混じる可能性があります。論文の例では、基準に応じて約7~18年の減衰待ちを検討しています。これは一律の法定販売待機期間ではなく、特定の組成と基準に基づく試算です。原料の追加濃縮で短縮できる可能性もあります。www.marathonfusion.com

販売が遅れれば保管費と資金負担が増えるため、採算への影響は大きくなります。

金投資への意味

現段階で「人工金によって金の希少性が崩れた」と判断する根拠はありません。 政府の支援で研究が加速しても、原料や連続運転の課題が自動的に解決するわけではありません。

一方、将来の可能性を完全に否定するのも早計です。判断を変える材料は、次の実証です。

  • 市場価格を下回る総費用で生産できるか
  • 販売可能な金を、年間何トン供給できるか
  • 原料を確保し、設備を継続的に増設できるか

人工金は長期的な供給リスクとして注目できますが、現在はまだ、金市場を変える量産技術よりも、核融合の経済性を改善し得る研究構想として評価する段階です。

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