結論
2026年9月20日時点では、ドル円の基調はなお「円安・ドル高」です。日銀は9月18日に政策金利を1.00%から1.25%へ引き上げましたが、8月の物価上昇率が約1.9%であるため、日本の政策金利ベースの実質金利は概算でなおマイナス0.6~0.7%程度です。
一方、米国は政策金利が3.75~4.00%、8月の物価上昇率が約3.6%であり、実質政策金利はおおむねゼロ近辺から小幅プラスです。つまり、日米の名目金利差は縮小しておらず、実質金利差も依然としてドル優位です。
したがって、
短期的には1ドル=160円前後を試す円安圧力が残る一方、中期的には日銀の追加利上げと日本のインフレ鈍化がそろった時点で、ようやく円高への転換が可能になる
というのが中心シナリオです。
1.正――日銀の利上げは円高をもたらす
為替の基本原理からいえば、今回の日銀の利上げは円高要因です。
日銀は政策金利を1.25%へ引き上げ、約31年ぶりの高水準としました。これは、日本がゼロ金利・マイナス金利の世界から離れつつあることを意味します。Reuters
金利上昇によって、
- 円預金・日本国債の利回りが上昇する
- 円を売って外貨を買う円キャリー取引の収益性が低下する
- 日本から海外へ流出していた資金の一部が国内へ戻る
- 将来の日米金利差縮小が意識される
という経路が働きます。
とりわけ、日銀が追加利上げを続け、政策金利が1.5%、1.75%、さらに2%へ近づくならば、円を調達通貨として利用する魅力は低下します。
この意味では、現在の1.25%への利上げは、長期的な円安トレンドを反転させるための必要条件です。
しかし、必要条件であって十分条件ではありません。
2.反――名目金利が上がっても、実質金利はなおマイナスである
日本の金融政策を見るとき、政策金利1.25%という名目数字だけを見るのは不十分です。
実質金利は概念的に、
で表されます。
足元の物価上昇率を約1.9%とすれば、
となり、日本の実質政策金利は依然としてマイナスです。
これは、円を現金や短期預金で保有した場合、利息を受け取っても購買力が目減りしやすいことを意味します。したがって、日銀が利上げしたというだけでは、円資産の魅力が十分に回復したとはいえません。
一方、米国では9月17日に政策金利が3.75~4.00%へ引き上げられました。FRB 8月の米国インフレ率は約3.6%とされ、FRB関係者も基調的なインフレがなお高すぎるとの認識を示しています。Reuters
単純比較すると、次のようになります。
| 日本 | 米国 | |
|---|---|---|
| 政策金利 | 1.25% | 3.75~4.00% |
| 足元の物価上昇率 | 約1.9% | 約3.6% |
| 単純な実質政策金利 | 約-0.65% | 約+0.15~0.40% |
| 為替への含意 | 円保有に不利 | ドル保有に有利 |
厳密には、実質金利は過去の物価上昇率ではなく将来の期待インフレ率を使うべきです。それでも、日本の実質金利が米国より低いという大枠は変わりません。
3.利上げ直後に円安が進んだ意味
今回、日銀が利上げしたにもかかわらず、ドル円は一時158円台まで円安になりました。Reuters
これは「利上げ=円高」という単純な図式が崩れたのではありません。市場は現在の金利水準ではなく、将来の金利経路を取引しているからです。
今回の会合では、
- 1.25%への利上げ自体は事前に織り込まれていた
- 政策委員2人が利上げに反対した
- 日銀が次回以降の追加利上げを明確に約束しなかった
- FRBも同時に利上げし、追加利上げを示唆した
という事情がありました。
つまり市場は、
日銀は利上げしたが、米国との差を埋めるほど速くは利上げできない
と判断したのです。
利上げの絶対幅ではなく、「市場予想に対してどちらの中央銀行がよりタカ派だったか」が為替を決めます。今回は日銀よりFRBの方が相対的にタカ派だったため、円安になりました。
4.日本のインフレが円高ではなく円安を招く逆説
通常、インフレ率が上がれば中央銀行は利上げするため、通貨高要因になると考えられます。しかし、日本ではインフレの内容が重要です。
現在のインフレが賃金上昇と内需拡大によるものならば、
- 企業収益の増加
- 賃金上昇
- 国内需要の拡大
- 日銀の持続的な利上げ
につながり、円高要因になります。
ところが、原油・天然ガス・食料品など輸入物価の上昇によるインフレであれば、
- 貿易収支の悪化
- 輸入代金支払いのための円売り
- 家計の実質所得減少
- 景気悪化による日銀の利上げ停止
を招きます。
特に中東情勢による原油高は、日本にとって二重の円安要因です。輸入代金を増加させるだけでなく、物価を押し上げることで、日本の実質金利をさらに低下させるからです。
したがって、
日本の物価上昇が続けば日銀が利上げして円高になる
とは限りません。輸入インフレが日銀の利上げを上回れば、名目金利が上がっても実質金利は下がり、むしろ円安が進みます。
5.財政拡張も円安と円高の両面を持つ
日本政府の積極財政や大型投資は、短期的には円安要因になりやすいと考えられます。
国債発行が増えれば長期金利が上昇します。一見すると円高要因ですが、金利上昇が成長期待ではなく財政不安によるものであれば、必ずしも円は買われません。
市場が、
- 財政支出によって潜在成長率が上がる
- AI・半導体・エネルギー投資が輸出競争力を高める
- 税収増加によって債務比率が安定する
と評価すれば円高要因です。
反対に、
- 財政赤字だけが拡大する
- 補助金や給付金が輸入需要を増やす
- 日銀が国債金利の上昇を抑制する
- 政府債務への懸念が高まる
と評価すれば円安要因になります。
したがって、財政拡張の為替効果は「支出額」ではなく、それが日本の供給力と潜在成長率を高めるかどうかで決まります。
6.合――円高転換には「利上げ」ではなく実質金利の正常化が必要
以上を止揚すると、ドル円を決めるのは日銀の利上げの有無ではなく、次の三つの組み合わせです。
① 日銀が物価上昇率以上の速度で利上げできるか
政策金利が1.25%から1.5%へ上がっても、インフレ率が2.5%へ上昇すれば実質金利はむしろ低下します。
円高転換には、
- 政策金利の上昇
- インフレ率の低下
- 期待インフレ率の安定
が同時に必要です。
② FRBが利下げへ転換するか
ドル円は日本だけでは決まりません。日銀が利上げしてもFRBが同じ速度で利上げすれば、日米金利差は縮まりません。
現在の米国は、インフレ率が高く、景気も比較的堅調です。8月の米小売売上高は前月比1.2%増加し、FRBが利下げへ転換しにくい状況にあります。Reuters
円高が本格化するには、日銀の追加利上げに加えて、米国の景気・インフレ鈍化によるFRBの利下げが必要です。
③ 日本の貿易条件が改善するか
原油高が続けば、日本の経常収支のうち貿易・サービス収支から円売りが発生します。海外投資から得られる所得収支が黒字でも、その収益が国内へ還流されなければ、円買いには直結しません。
原油価格の低下、原発再稼働、国内エネルギー投資、製造業の国内回帰が進めば、中長期的な円高圧力になります。
今後のシナリオ
| シナリオ | 条件 | ドル円の方向 |
|---|---|---|
| 円安継続 | 米インフレ高止まり、FRB追加利上げ、日銀の利上げ慎重、原油高 | 160円超を試す |
| 高値圏で横ばい | 日米とも利上げ、実質金利差があまり変わらない | 150円台中心 |
| 円高反転 | 日本の物価鈍化、日銀追加利上げ、米景気減速、FRB利下げ | 140円台方向 |
| 急激な円高 | 米景気後退、株価急落、キャリー取引解消 | 短期間で130円台もあり得る |
中心シナリオは、当面150円台後半を中心とした円安圏での推移です。160円を超える局面では、為替介入への警戒が強まり、上昇速度は抑えられるでしょう。ただし、介入は相場の速度を落とすことはできても、実質金利差という趨勢そのものを恒久的に変えることはできません。
最終的な見通し
日本では金融政策正常化が進んでいるため、円の長期的な下落速度は以前より鈍くなるでしょう。しかし、現在の1.25%という政策金利では、なお実質金利がマイナスです。しかも米国も利上げ局面にあり、日米金利差の縮小は進んでいません。
ゆえに今後のドル円は、
「日銀が利上げしたから円高」ではなく、「日本の実質金利が米国に対してどこまで改善するか」
によって決まります。
短期的には円安継続、中期的には高値圏での往来、長期的には日本の実質金利正常化に伴う緩やかな円高、という三段階で捉えるのが妥当です。ただし、輸入インフレが続いて日銀が景気への配慮から利上げを止めれば、160円は天井ではなく通過点になる可能性があります。


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