結論
国税庁が検討している純資産価額方式の見直しは、非上場株式評価を専門家だけの「職人芸」から、納税者にも予測可能な制度へ変える可能性がある。
しかし、
簡素化とは、土地評価を瞬時に終わらせることではなく、重要性の低い精密計算を省き、重要性の高い会社についてだけ精密に評価すること
でなければならない。
また、法人税・所得税・相続税における株価評価の完全な一本化は困難である。目指すべきは、すべての税目で一つの価格を使うことではなく、
共通の基礎価額を設け、各税目の目的に応じて必要な調整を加える「共通基盤+税目別補正」
である。
なお、画像の資料は2026年8月20日の国税庁有識者会議に示された「見直しの方向性」であり、現時点では確定した改正ではない点に注意を要する。国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」資料
1.正――精密な財産評価は租税公平に必要である
現在の純資産価額方式では、会社の帳簿上の純資産をそのまま使わず、個々の資産を相続税評価額に置き換える。
土地であれば、原則として、
- 路線価・倍率
- 地積、形状、間口、奥行き
- 不整形地、無道路地、がけ地
- 借地権・貸家建付地
- 利用単位や権利関係
などを一筆ずつ検討する。
それは、同じ面積の土地であっても、立地、形状、利用制限、賃貸状況によって経済価値が異なるからである。
もし「帳簿価額だけ」「固定資産税評価額だけ」といった単純な基準に置き換えれば、実際には価値の違う会社が同じ株価になり得る。さらに、課税直前に評価の低い資産を法人へ移すことで、株価を意図的に圧縮する余地も生じる。
したがって、精密な財産評価には、
担税力の異なる納税者を異なるものとして扱う
という租税公平上の合理性がある。
純資産価額方式が複雑なのは、単に制度設計が下手だからではない。現実の財産関係そのものが複雑なのである。
2.反――過度な精密性は、かえって公平を損なう
もっとも、精密であることと正確であることは同義ではない。
一件の相続で評価単位が数百に及び、土地を一筆ずつ評価しなければならない場合、その作業には膨大な時間、資料収集、現地調査及び専門判断を要する。国税庁の資料も、土地を一筆ずつ評価することなどによる「過度な負担」を指摘し、評価方法の簡便化を検討課題としている。
ここでは三つの矛盾が生じる。
① 評価コストと税額の不均衡
株価の差額よりも、税理士・不動産鑑定士へ支払う評価報酬の方が大きくなる場合がある。
税負担を正確に計算するための費用が、税負担そのものに比して過大であれば、制度全体として合理的とはいえない。
② 専門家による評価格差
制度が複雑になるほど、納税者自身では株価を予測できず、担当する専門家の経験や判断によって評価結果が変わりやすい。
すなわち、
精密化が客観性を高めるはずなのに、逆に専門家への依存と判断のばらつきを拡大する
という逆説が生じる。
③ 継続企業を清算価値で測る矛盾
純資産価額方式は、会社の資産・負債を時価評価するという意味で、清算価値に近い発想を持つ。
しかし、通常の会社は相続後も事業を継続する。事業価値は、土地や建物の売却価値だけでなく、収益力、顧客基盤、人的組織、信用、ノウハウから生じる。
土地を極めて精密に評価する一方、営業権が十分反映されないのであれば、
測りやすい資産だけを精密に測り、測りにくい企業価値を過小評価する
ことになる。
これは「部分的には精密だが、全体としては必ずしも正確でない」評価である。
3.合――純資産価額方式を例外的評価へ再編する
この矛盾を止揚する方向が、純資産価額方式を一般的な原則方式ではなく、資産保有型会社などの「特定の評価会社」に対する方式として再定位する考え方である。
国税庁資料も、継続企業を清算価値で評価することへの疑問を踏まえ、純資産価額方式を「特定の評価会社の株式の評価方式」として位置づける方向を提示している。
つまり、会社を二つに分ける。
| 会社の実態 | 評価の中心 |
|---|---|
| 通常の事業会社 | 収益力・配当・簿価純資産など |
| 土地・株式保有会社、休業会社等 | 時価純資産・清算価値 |
これなら、通常の事業会社については、土地を一筆ずつ評価する負担を縮小できる。一方、実質的に財産保有の器である会社については、純資産価額方式を残し、法人化による不当な評価圧縮を防止できる。
したがって簡素化は、すべての会社を粗く評価することではない。
会社の実態に応じて評価方法を振り分けること
なのである。
4.法人税・所得税・相続税の株価は一本化できるか
画像の投稿は、今回の見直しによって、法人税・所得税の株価評価と相続税評価を一本化できそうだと述べている。
方向性としては理解できるが、完全な一本化には困難がある。
正――共通化には大きな利益がある
同じ非上場株式であるのに、税目や取引当事者によって異なる価格が現れると、納税者には理解しにくい。
共通の評価モデルを使えれば、
- 納税者自身が概算できる
- 事業承継を事前に計画できる
- 税理士ごとの評価差が縮小する
- 税務調査での争いが減る
- 税目間で一貫性を確保できる
という利益がある。
とりわけ、会計数値を中心とする収益還元モデルなどが整備されれば、自社株評価は大幅に自動化しやすくなる。
反――各税目は評価目的が異なる
しかし、法人税・所得税と相続税では、価額を求める目的が異なる。
- 相続税は、被相続人から無償で承継した財産の課税価額を求める
- 所得税は、個人による譲渡所得や低額譲渡などを判定する
- 法人税は、法人間取引、寄附金、受贈益などの適正な取引価額を判定する
さらに、一株の価値は、支配権を取得する株主と、少数株主とで異なり得る。売手と買手の関係、議決権割合、取引目的、流動性、経営支配権の有無も価格に影響する。
したがって、
同じ株式には常に一つの絶対的な税務価格が存在する
という前提自体が成立しない。
合――「一本の価格」ではなく「一本の評価基盤」
現実的な止揚は、完全一本化ではなく、次の二層構造である。
- 会社の決算数値、収益、純資産などから共通の基礎価額を算定する
- 税目・株主属性・取引関係に応じて補正する
たとえば、
共通基礎価額
+ 支配権補正
− 少数株主・非流動性補正
+ 特殊関係者間取引の補正
= 各税目上の評価額
という構造である。
これなら、税目間の整合性を高めながら、それぞれの課税目的も維持できる。
5.簡素化が生む新たな問題
簡便な算式が公開され、納税者自身が株価を計算できることは望ましい。
しかし、予測可能性が高まることは、同時に租税回避の設計可能性も高める。
たとえば評価式が利益、配当、簿価純資産だけに依存すれば、評価直前の役員報酬、退職金、配当政策、資産移転などによって、数値を意図的に操作する誘因が生じる。
したがって制度には、
- 評価前数年間の平均値を使用する
- 一時的・非経常的な損益を修正する
- 評価直前の資産移転を時価評価する
- 土地・株式保有割合が高い会社を別区分にする
- 明白な租税回避には個別評価を認める
といった安全装置が必要になる。
簡素化と租税回避防止は対立するが、この対立は、
通常案件は定型的・簡便に処理し、異常案件だけを精査する
というリスクベースの仕組みによって止揚できる。
最終結論
今回の検討の本質は、単なる計算式の変更ではない。
それは、
非上場株式の価値を「会社が今解散したら残る財産」で測るのか、それとも「今後も事業を続けて生み出す収益」で測るのか
という企業価値観の転換である。
純資産価額方式の過度な負担を減らし、納税者自身が概算できる制度にすることは、税務の透明化として評価できる。
しかし、すべてを単純な算式に落とせば、個々の財産価値や支配権の違いを無視し、かえって課税の公平を失う。
したがって、あるべき制度は、
通常の事業会社は収益力を中心に簡便評価し、資産保有型会社や異常な取引だけを純資産価額で精密評価する。さらに、法人税・所得税・相続税には共通の評価基盤を設けつつ、各税目の目的に応じた補正を残す
というものである。
評価制度の進歩とは、精密さを全面的に捨てることではない。
精密に測るべき対象と、簡便に測ってよい対象を、合理的に区別すること
なのである。


コメント