結論
ひとり税理士として無難なのは、
個人所得税・資産税を中心とし、法人は「単純な小規模法人」に限定して受任する形
である。
法人を全面的に避ける必要はないが、法人顧問を増やすと、法人税だけでなく、消費税・源泉所得税・年末調整・社会保険・役員報酬・会社法・経営相談まで業務領域が連鎖的に広がる。
一方、個人客は一般に中小企業の社長より主導権を握りやすい。ただし、資産税は「顧客が扱いやすいから安全」なのではない。相続税は一件当たりの金額が大きく、土地評価・特例選択・相続人間の対立という別種のリスクを持つ。
したがって、
顧客対応は個人中心、収益安定は限定的な法人顧問、難しい消費税と資産税案件は外部レビュー
という構成が、ひとり税理士には最も現実的である。
正――個人・資産税中心の方が無難である
1.個人客は比較的コントロールしやすい
中小企業の社長は、税理士を単なる申告代理人ではなく、
- 経理担当者
- 経営参謀
- 資金繰り相談員
- 節税提案者
- 税務調査の防波堤
として扱う傾向がある。
さらに、自分の商売に対する自負が強く、税理士に対しても、
- 「前の税理士は認めてくれた」
- 「同業者は経費にしている」
- 「税金が高いのは税理士の責任だ」
- 「資料は後から出すが期限には間に合わせてほしい」
と要求しやすい。
税理士と社長の関係は、本来は専門家と依頼者の関係である。しかし、毎月顧問料を支払う社長は、税理士を「外注先」と考えることがある。その結果、税理士が顧客を選ぶはずだった関係が逆転しやすい。
これに対して、給与所得者、年金受給者、不動産所得者、相続人などの個人客は、税理士に対する依存範囲が比較的明確である。税務知識の非対称性も大きいため、税理士が手続を主導しやすい。
この意味では、
個人中心は、税務上の安全性というより、人間関係上の安全性が高い
といえる。
2.法人顧問は業務範囲が際限なく拡大する
法人を一社受任すると、通常は次の業務が付随する。
- 法人税・地方税
- 消費税
- 源泉所得税
- 年末調整・法定調書
- 償却資産申告
- 役員報酬・事前確定届出給与
- 給与・社保に関する質問
- インボイスの判定
- 融資・資金繰り相談
- 株主総会議事録等の周辺相談
つまり、法人顧問は「法人税申告を一件受けること」ではない。
会社の税務管理部門を一部引き受けること
に近い。
職員のいないひとり税理士にとって、これは所得税の確定申告数件とは性質が異なる負担である。
3.消費税には“後から直しにくい判断”が多い
消費税には、課税・非課税・不課税の区分だけでなく、
- 課税事業者の判定
- 特定期間
- 簡易課税の選択
- 課税事業者選択届
- 調整対象固定資産
- 高額特定資産
- 一括比例配分方式・個別対応方式
- インボイス
- 国外取引・輸入取引
などが重なる。
特に届出関係は、期限後に「本来はこちらが有利だった」と分かっても、簡単には取り消せない。
日税連の専門家責任に関する資料も、消費税について「選択適用」「新設法人」「簡易課税制度選択不適用届出書の提出失念」「インボイス登録」などを個別の注意項目として挙げている。日本税理士会連合会「専門家責任を実現するための100の提案」
現在のインボイス制度も多数の個別論点を含み、経過措置終了に伴う判断も必要になる。国税庁「インボイス制度に関するQ&A」
したがって、経験の浅いひとり税理士が、多業種の法人を広く受けるのは「顧問料を増やす代わりに、事故の入口も増やす」選択になりやすい。
反――法人を避け、個人・資産税だけにすることにも危険がある
1.法人顧問には安定収入がある
個人・資産税中心の最大の弱点は、売上が不安定なことである。
個人所得税は1~3月に集中し、相続税は死亡という偶発的事象に左右される。紹介ルートが途切れれば、案件も急に減少する。
これに対して法人顧問は、
- 毎月の顧問料
- 決算申告料
- 年末調整等の報酬
が継続的に発生する。売上予測が立ちやすく、顧客との関係も長期化しやすい。
法人顧問をすべて排除すると、業務上のリスクは下がっても、経営上のリスクが上がる。
2.資産税は必ずしも低リスクではない
資産税を「法人税や消費税より安全」と考えるのは危険である。
相続税では、
- 土地評価の誤り
- 小規模宅地等の特例
- 配偶者の税額軽減
- 名義預金
- 生前贈与
- 非上場株式評価
- 二次相続との関係
- 申告期限までの遺産分割
- 遺留分や相続人間の対立
などが問題となる。
法人税・消費税は毎年関与していれば翌期以降に修正できることもある。しかし、相続税は一回限りで、依頼者との関係も申告後に終了しやすい。
また、資産税の顧客は「個人」ではあるが、実際には複数の相続人を相手にする。一人の社長よりも、利害の対立する兄弟姉妹の方が手ごわい場合すらある。
日税連も資産税について、現地確認、確認書、特例選択の説明、必要書類のチェック、未分割申告、遺留分など、多数の事故防止項目を掲げている。日本税理士会連合会「税理士の専門家責任と損害賠償」
したがって、
個人は御しやすいが、相続人集団は御しやすいとは限らない
という区別が必要である。
3.個人客にも価格交渉と無料相談の問題がある
個人客は税理士に従いやすい反面、税務サービスの価値を理解しにくい。
特に所得税では、申告ソフトや税務署の無料相談と比較され、
- 「入力するだけではないか」
- 「少し質問したいだけ」
- 「申告は自分でするので確認だけしてほしい」
となりやすい。
法人社長は手ごわいが、税務顧問の必要性は理解している。個人客は扱いやすい代わりに、単価を上げにくいという問題がある。
合――「税目」ではなく「統制可能性」で受任範囲を決める
正と反を統合すると、問題は単純な「個人か法人か」ではない。
本当の基準は、
自分一人で、資料・期限・顧客・専門判断を統制できる案件か
である。
推奨する業務構成
| 分野 | 基本方針 |
|---|---|
| 個人所得税 | 主力。事業所得・不動産所得・譲渡所得など、得意分野を明確化 |
| 相続税 | 主力候補。ただし、土地・非上場株式・国際相続などは外部レビュー |
| 贈与・相続対策 | 説明書と確認書を必ず残す。将来結果を保証しない |
| 法人 | 小規模・単純業種・社長との相性がよい会社だけ受任 |
| 消費税 | 簡易課税・単純取引から開始。複雑案件は共同受任または紹介 |
| 給与・社会保険 | 業務範囲を明確化し、社労士領域は提携先へ |
| 経営相談 | 顧問契約に含む範囲と別料金の範囲を契約書で分ける |
受けやすい法人
- 役員・従業員が少ない
- 国内取引だけである
- 在庫が少ない
- 会計処理が単純
- 資料提出が早い
- 社長が税理士の説明を聞く
- 過度な節税要求がない
- 消費税は簡易課税または課税関係が単純
避けるべき法人
- 資料を期限直前まで出さない
- 現金取引が多い
- 売上除外や私的経費を要求する
- 輸出入・国外取引が多い
- 不動産売買や多額の設備投資がある
- 複数税率・非課税売上・共通仕入れが多い
- 前任税理士を悪く言う
- 顧問料以上の経営支援を当然視する
日税連も「全部先生にお任せしています」を注意信号として掲げている。さらに、業務領域が広がるほど専門家責任も増大し、税賠事故が毎年多数発生していると注意喚起している。日本税理士会連合会「専門家責任を実現するための100の提案」
最終判断
「無難」を最優先するなら、次の順序がよい。
- 個人所得税を基盤にする
- 資産税はチェックリスト・確認書・外部レビューを前提に扱う
- 法人は社長の人柄と業務の単純性で厳選する
- 複雑な消費税案件は受けない、または専門家と共同対応する
- 法人顧問数に上限を設定する
つまり、
法人を扱える税理士でありながら、法人に依存しない
という立場が最も強い。
個人客は一般に主導しやすい。しかし、税理士業の安全性を決めるのは「相手が個人か社長か」だけではない。
難しい税目より、難しい顧客を避ける。
そのうえで、難しい税目は一人で抱え込まない。
これが、ひとり税理士にとって最も無難で持続可能な総合である。


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