イランの金保有量と「2026年イラン戦争」後の変化

コモディティ

結論を先に述べると、2026年9月25日現在、イラン政府・イラン中央銀行が実際に何トンの金を保有しているかを示す信頼できる最新の公式統計は存在しません。

これはデータ不足というより、かなり重要な事実です。イランは現在、金保有量をIMFに継続的に報告しておらず、World Gold Council(WGC)の国別公式金準備統計にも通常の形では出てきません。WGCの最新データは2026年6月末時点ですが、イランの実保有量を追跡できません。World Gold Council

したがって、

「戦争前○○トン → 3月○○トン → 6月○○トン → 現在○○トン」

という時系列を作ることは、現時点ではできません。

しかし、周辺データを組み合わせると、かなり興味深い構図が見えてきます。

1.戦争前――イランはすでに「金への逃避」を進めていた

2026年2月28日の米国・イスラエルによる対イラン攻撃が、今年の大規模な戦争の起点です。Reuters

ところが、イランの金シフトは戦争後に突然始まったものではありません。

2024~25年にすでに非常に大規模な金輸入が行われていました。2025年3月までのイラン暦年度では、金輸入が100トン超、約80億ドルに達したと報じられています。2025年1月19日まででも81トン、2月末には100トン超に達したとイラン税関当局者が説明しています。Al Jazeera

さらに当時の中央銀行総裁モハンマドレザ・ファルジンは、外貨準備の約20%を金に転換したと説明していました。トレンド

ここで注意しなければならないのは、

「100トン輸入」≠「中央銀行の金準備が100トン増加」

という点です。

輸入された金には中央銀行保有分だけでなく、輸出企業による外貨還流の代替、民間投資需要、国内流通などが含まれるためです。

したがって100トンをそのままイランの公式金準備に加算することはできません。


正――金は「制裁に強い外貨準備」である

イランから見ると、金へのシフトには極めて合理的な側面があります。

通常の外貨準備であるドル預金や米国債には、

発行国・銀行・決済システム

という相手方が存在します。

米国の金融制裁を受けるイランにとって、これは重大な問題です。

一方、自国内の金庫に置かれた現物金には、原則として「凍結する外国銀行」が存在しません。

実際、イランは輸出企業に対し、輸出代金を外貨で国内へ戻す代わりに金を輸入することを認めてきました。これには制裁下でドル決済への依存を低下させる意味があります。Al Jazeera

つまり、

石油輸出
↓
ドル等の外貨
↓
海外金融機関に保有

という従来型の外貨準備モデルから、

輸出
↓
金
↓
国内へ搬入
↓
制裁圏外の準備資産

というモデルへの部分的転換です。

2026年の戦争によって、この戦略的意味はさらに大きくなりました。


反――しかし戦争は金を「蓄積資産」から「決済資産」に変える

ここに矛盾があります。

平時には金を増やせば増やすほど、イランの対外制裁耐性は高まります。

ところが戦争になると状況が逆転します。

4月末のReuters報道では、イラン中央銀行の幹部が、同国には必要なら利用できる相当量の金準備があり、「tons of it」と述べています。つまり戦争開始から約2か月後の段階でも、中央銀行自身は相当量の金を保有していると説明していました。Reuters

しかし同時に、米国による海上封鎖などによって石油輸出収入が圧迫されました。イランオープンデータ

そうなると、

外貨収入減少
→ 外貨準備取り崩し
→ 金の換金・決済利用

という圧力が生じます。

つまり戦争は、

金を持つ必要性を高めると同時に、金を使う必要性も高める。

ここにイランの金政策の弁証法的矛盾があります。


合――「何トン持っているか」より「金が準外貨になった」ことが重要

2026年2月28日以降について、公開情報から確認できる状況を整理するとこうなります。

時点確認できること金保有量
戦争前2024~25年に100トン超の金輸入不明
2026年2月28日米・イスラエルによる攻撃開始不明
2026年4月末中銀関係者がReutersに「相当量」の金準備を示唆不明
2026年6月末WGC最新統計でもイランの公式保有量を把握できず不明
2026年9月中銀総裁は十分な外貨資金があり、最大20億ドルを市場投入可能と説明不明
2026年9月25日現在正確な公式金準備量は依然非公表不明

9月1日にも中央銀行総裁ヘンマティは、輸入決済に必要な外貨資金は確保されており、必要なら最大20億ドルを市場に投入すると述べています。ただし、保有資産の詳細については開示できないとしています。Internazionale

この「詳細を開示できない」という部分こそ重要でしょう。


金はイランにとって「最後の準備資産」に近づいている

イランの金政策を弁証法的に見ると、次の三段階になります。

正:脱ドル化

制裁によってドル資産の保有コストが上昇する。

↓

反:金への転換

ドル・銀行預金などを、凍結されにくい現物金へ変える。

↓

合:金そのものが国際決済能力になる

金は単なる「価格上昇を期待する準備資産」ではなく、制裁下でも輸入を継続するための準外貨・最終決済資産として機能する。

この点では、イランにとって金の意味は、日本や欧州の中央銀行とはかなり違います。


ただし「イランの金は戦争後に増えた」とはまだ言えない

ここは特に区別した方がよいでしょう。

2026年の世界全体では中央銀行の金購入はかなり活発で、WGCによると第2四半期だけで中央銀行・公的機関の純購入は約289トンでした。しかもWGC自身が「未報告の買い」が依然として大きいと指摘しています。World Gold Council

しかし、これをイランの購入だと推定することはできません。

したがって現在確認できる最も正確な表現は、

イランは戦争前までに金を大幅に積み増した可能性が極めて高い。一方、2026年2月28日の戦争開始以降については、金準備を積み増しているのか、維持しているのか、あるいは輸入代金などに取り崩しているのかを判定できる公開統計がない。

となります。

さらに重要な逆説

戦争が長期化すると、

制裁強化・ドル信用低下
→ 金の戦略的重要性上昇
→ 金を手放したくない

一方で、

石油輸出減少・外貨不足
→ 輸入決済資金が必要
→ 金を使わざるを得ない

となります。

したがってイランの金準備は、単純な「金価格上昇への投資」ではありません。

戦争が激しくなるほど金の価値は高まる。しかし戦争が激しくなるほど、その最も価値ある金を取り崩す必要も高まる。

この矛盾こそが、2026年のイランにおける金の本質だと考えられます。

そして、イランがIMF等への詳細な報告を行わない以上、「保有量を秘匿すること」自体が制裁下の準備資産戦略の一部と見る余地があります。ただし、これは公開状況からの分析であって、イラン政府がその目的を公式に認めているという意味ではありません。

World Gold Council「各国中央銀行の金準備」

なお、今後の焦点は**「イランの金準備が何トンか」以上に、戦争長期化で金を取り崩し始めた兆候が出るか**です。金輸入量、中銀の金貨売却、石油輸出、外貨準備、リアル相場を合わせて見ると、かなり有力な先行指標になります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました