世界のマネーサプライは、長期的には拡大を続けている。経済成長と信用創造が続く限り、世の中に存在する通貨の総量は複利的に増えていく。
そのため、次のような見方がある。
世界全体で通貨が増え続けている以上、為替変動によって株価が暴落し、金融危機に発展することはない。
確かに、マネーサプライの増加は株価の長期的な上昇を支える。しかし、それだけで為替発の金融危機を否定することはできない。
なぜなら、金融危機で問題になるのは「世界にお金がどれだけあるか」ではなく、「必要な通貨を、必要な人が、必要な時に調達できるか」だからである。
正:増え続ける通貨は株価の長期上昇を支える
マネーサプライが増加すると、家計、企業、金融機関が保有する名目上の資金も増える。その一部は株式や不動産などに流入するため、資産価格には長期的な上昇圧力がかかる。
企業の実質的な価値が変わらなくても、通貨の購買力が低下すれば、その企業を表す株価は名目上上昇しやすい。
また、金融危機が発生すれば、中央銀行は利下げ、資産購入、緊急融資、通貨スワップなどによって市場へ流動性を供給する。
したがって、世界のマネーサプライが増え続ける限り、世界株全体が永久に下落し続ける可能性は低い。
この意味で、通貨の増加は株価の長期的な上昇と、危機後の回復を支える力になる。
反:世界にお金があっても、必要な通貨があるとは限らない
一方、世界全体の通貨量が多いことと、特定の通貨をいつでも調達できることは別問題である。
例えば、新興国の企業がドルで借金し、自国通貨で収益を得ているとする。
1ドル=100単位だった為替が1ドル=150単位になれば、ドル建て債務の自国通貨換算額は1.5倍になる。
すると、次の悪循環が起こる。
ドル高
↓
外貨建て債務の負担増加
↓
企業や金融機関の信用不安
↓
資本流出
↓
自国通貨安
↓
さらなる債務負担の増加
この場合、世界に円、ユーロ、人民元などが大量に存在していても、借り手が返済に必要なドルを調達できなければ破綻する。
BIS(国際決済銀行)も、外貨建て債務を多く抱える国では、その債務の通貨が上昇すると返済負担が増え、それが金融危機の中心的な要因になり得ると指摘している。
ドル高は世界の信用を収縮させる
ドル高の影響は、外貨建て債務の増加だけではない。
ドル高によって借り手の信用力が低下すると、金融機関は融資を減らし始める。
ドル高
↓
借り手の信用力低下
↓
銀行の融資縮小
↓
株式や債券の売却
↓
資産価格下落
↓
担保価値の低下
資産価格が下落すると、金融機関や投資家は追加の証拠金を求められる。その資金を確保するため、株式、債券、金などの換金しやすい資産まで売却する。
その結果、世界全体のマネーサプライが増えていても、市場では一時的な現金不足が発生する。
BISの研究でも、ドル高はドル建ての国際銀行融資を縮小させ、新興国の実物投資を減少させる傾向が示されている。
為替市場が危機の増幅装置になる
現代の金融機関は、為替スワップや先物などを利用して外貨を調達している。
平常時には低いコストでドルを調達できても、市場参加者が一斉にドルを求めれば、ドルの調達金利や為替ヘッジ費用が急上昇する。
こうして為替市場の混乱が株式市場や債券市場へ波及し、金融環境全体を引き締める。
つまり、金融危機とは、世界から通貨そのものが消える現象ではない。
通貨の総量は十分でも、その種類、保有者、場所、返済期限が一致しなくなる現象である。
世界にお金が余っていても、危機の瞬間に必要なドルが不足すれば、金融危機は発生する。
マネーサプライの増加が危機を招くこともある
通貨供給の増加が、常に金融危機を防ぐとは限らない。
過剰な通貨供給によってインフレや通貨安が進めば、中央銀行は利上げを迫られる。
通貨供給の増加
↓
インフレ・通貨安
↓
中央銀行の利上げ
↓
債券価格の下落
↓
株式の割引率上昇
↓
株価下落
さらに、自国通貨への信認が低下すれば、増えた通貨は国内株式ではなく、ドル、金、海外資産へ流出する。
この場合、自国のマネーサプライが増えているにもかかわらず、自国通貨と国内株式が同時に下落することもある。
したがって、「通貨が増えれば、その資金は必ず株式市場に流入する」とは限らない。どの通貨が増え、誰が保有し、どこへ向かうかが重要なのである。
合:通貨の増加は暴落ではなく、暴落後の回復を支える
以上を統合すると、マネーサプライの長期的な増加は、世界株の名目価格を押し上げ、金融危機後の回復を促す。
しかし、それは途中の暴落を防ぐことを意味しない。
長期的なマネーサプライの増加と、短期的な流動性の確保は別問題である。
むしろ、通貨と信用の拡大によって外貨建て債務やレバレッジが積み上がっている場合、急激な為替変動は金融危機の引き金になり得る。
為替変動によって債務負担が増加し、証拠金不足や信用収縮が起これば、株式市場は短期間で暴落する。
一方、危機が深刻化すれば、中央銀行は再び通貨を供給する。その追加流動性が金融システムを安定させ、やがて資産価格の回復を支える。
結論
世界的なマネーサプライの拡大は、株価の長期的な名目上昇と金融危機後の回復を支える。
しかし、世界全体の通貨量が増えていても、通貨の種類、所在、保有者、返済期限の不一致は解消されない。
そのため、急激なドル高や自国通貨安を起点として、外貨建て債務の膨張、信用収縮、資産の投げ売りが連鎖し、株価暴落や金融危機に発展する可能性は十分にある。
要するに、マネーサプライの増加は暴落をなくすのではない。
暴落によって生じた損失を通貨供給で吸収し、株価を再び上昇させる力なのである。
世界にお金が余っていても、危機の瞬間に必要な通貨が不足すれば金融危機は起こる。マネーサプライの増加が保証するのは「暴落しないこと」ではなく、「暴落後に名目価格が回復しやすいこと」なのである。

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