人工金は金鉱山に勝てるか――水銀・設備・資金コストから探る採算の条件

コモディティ

水銀から作る人工金は、金鉱山の生産コストに並べるのか。原料の調達・同位体濃縮、設備投資、運転費、販売までの資金負担を仮定して試算する。金専用設備では採算が厳しい一方、核融合発電の副産物として少ない追加費用で製造できれば、鉱山コストに近づく余地はある。ただし、大量の水銀198を抱える費用と放射能の減衰を待つ期間が、その優位性を失わせ得る。商業的な採算は、現時点では未実証である。

以下では、公表資料の数字と仮定を分けて計算します。金額は米ドルで統一します。

1.比較対象となる金鉱山のコスト

世界金協会によると、2026年第1四半期の金鉱山の世界平均AISC(All-In Sustaining Costs:全維持生産コスト)は、1トロイオンス当たり1,785ドルでした。World Gold Council

単位鉱山の平均AISC
1トロイオンス=約31.1g1,785ドル
1g約57.4ドル
1kg約5万7,400ドル
3トン約1億7,220万ドル

AISCは操業費に加え、操業維持の設備投資などを含む指標ですが、新鉱山の初期開発投資や資金調達費用などをすべて含むものではありません。したがって、人工金の総費用と比較する際には、この違いが残ります。World Gold Council

今回の目安は、年間3トンの人工金を作るなら、年間費用を約1.72億ドル以内に収められるかです。

2.水銀は「毎年使う量」と「最初に抱える量」が大きく違う

Marathon Fusionの論文には、熱出力1.5GW級の設計について、次のシミュレーションがあります。

項目論文の設計値
初期に必要な水銀198約622トン
年間の金生成量約2.95トン
初期水銀198に対する年間金生成量約0.47%

これは実際の商用設備の生産実績ではなく、設計上の計算です。以下では計算を簡単にするため、年間3トンとします。arxiv.org

622トンの水銀を毎年捨てるわけではありません。 未反応の水銀は使い続け、金に変わった分や工程損失などを補充する構想です。

したがって費用は、

  • 初期装荷する622トンの購入・濃縮費用
  • その在庫を維持する資本コスト
  • 毎年約3トン以上の補充費用

に分かれます。

3.天然水銀の購入費だけなら、必ずしも致命的ではない

天然水銀に含まれる水銀198の割合は、原子数で約9.97%です。重量差も考慮すると、水銀198を622トン回収するには、理想的な回収率でも約6,300トンの天然水銀が必要です。physics.nist.gov

現在、この規模で確実に調達できる価格は確認できないため、天然水銀の価格を仮定して感度分析します。

天然水銀の仮定価格約6,300トンの購入費
20ドル/kg約1.26億ドル
50ドル/kg約3.15億ドル
100ドル/kg約6.30億ドル

これは相場の提示ではなく、大口調達価格を変えた試算です。 濃縮設備、輸送、保管、損失への対処は含めていません。また、残る他の同位体の売却益も見込んでいません。

例えば50ドル/kgなら、初期原料購入費は約3.15億ドル。これに年5%の資本コストを見込むと、\[ 3.15億ドル\times5\%\div年間300万g =約5.25ドル/g \]

となります。

つまり、天然水銀の購入費を長期在庫として抱える負担だけなら、鉱山の約57ドル/gに比べて小さいという結果です。ただし、数千トンを調達しようとすれば価格や供給条件自体が変わり得ます。

4.濃縮済み水銀198の価格で、採算は大きく変わる

問題は、天然水銀から取り出した使用可能な品質の水銀198が、最終的にいくらになるかです。

論文では光を用いる同位体分離について、特定の工程の電力費を約2.4ドル/kgと概算しています。ただし、これは濃縮設備全体の完成品原価ではなく、多段処理、回収、品質管理などを含む工業生産費は未確定です。arxiv.org

そこで、原料購入と濃縮を含む水銀198の取得原価を仮定します。

年間3トンの金、初期水銀198が622トン、在庫の資本コスト年5%、年間補充量を概算3トンとすると、次のようになります。

水銀198の取得原価〈仮定〉初期在庫の取得費在庫資本コスト+補充費/金1g
1,000ドル/kg6.22億ドル約11.4ドル/g
5,000ドル/kg31.1億ドル約56.8ドル/g
10,000ドル/kg62.2億ドル約113.7ドル/g

※在庫の元本は残存価値があるとして回収費用を計上せず、年5%の資本コストのみ。水銀の工程損失、金の回収損失、廃止時の処理費も除外した、人工金に有利な計算です。

水銀198が約5,000ドル/kgになると、水銀関連費用だけで鉱山の平均AISCに達します。

逆に、1,000ドル/kg程度まで下がれば、水銀関連費用は約11ドル/gなので、その他の費用に約46ドル/gを使う余地が残ります。

5.設備を新設して金だけで回収する場合

核融合炉は、現状では価格表から完成品を購入できる設備ではありません。ここでは、炉・付帯設備の建設費を仮定し、その設備費を金に全額負担させます。

前提は次のとおりです。

  • 年間金生産量:3トン
  • 設備費の回収:30年、資本コスト年7%
  • 年間の設備費回収額:約8.1%
  • 運転費:各ケースの仮定
  • 水銀関連費、販売待ち期間の負担は別途
ケース設備投資〈仮定〉年間運転費〈仮定〉設備費回収+運転費/金1g鉱山AISCとの比較
低設備費ケース30億ドル1億ドル約114ドル/g約2倍
高設備費ケース100億ドル2億ドル約335ドル/g約5.8倍

この上に、水銀198が1,000ドル/kgなら約11ドル/g、1万ドル/kgなら約114ドル/gなどが加わります。

この仮定では、金だけで設備費を回収する方式は、販売待ち期間を考慮する前でも鉱山コストを大きく上回ります。 ただし、これは現在の実験装置の原価を推定した数字ではなく、将来の設備と生産量を置いた条件計算です。

また、稼働率や回収率の影響も大きくなります。年間3トンの想定に対して、稼働率80%、金の回収率90%なら販売可能量は約2.16トン。固定費の1g当たり負担は約39%増えます。

6.発電の副産物なら、鉱山コストに届く余地がある

同社の構想の中心は、発電と燃料増殖を行う核融合炉に、水銀を組み込んで金も得ることです。論文は、発電と両立する設計を提案しています。arxiv.org

この場合、金事業の採算を見るには、通常の核融合発電所と比べて増える費用を計算する必要があります。

例えば、次をすべて仮定します。

金を併産するための追加費用仮定額
水銀対応設備・分離精製設備など初期5億ドル
上記設備の年間回収額約4,030万ドル
金併産に伴う追加運転費年3,000万ドル
水銀198の在庫資本コスト+補充費〈1,000ドル/kgの場合〉年3,410万ドル
年間合計約1.04億ドル
金1g当たり約34.8ドル

販売を待たずに済み、年3トンを回収できれば、この仮定では鉱山の約57ドル/gを下回ります。

ただし、成立には重要な条件があります。

発電側が共通設備の費用を十分に負担できること、水銀の導入で発電量・稼働率・保守費が悪化しないこと、追加設備費が想定内に収まることです。発電側が赤字なら、その不足分も事業全体として回収しなければなりません。

7.販売までの待ち時間が、結果を逆転させる

論文では、不純物として生じる放射性核種について、想定する基準によって約7~18年の冷却期間を検討しています。この期間は一律に決まるものではなく、原料の純度や製品に求める条件で変わります。arxiv.org

先ほどの副産物ケースの費用約34.8ドル/gについて、費用を生産時点で負担し、販売まで年5%で資金を拘束されると単純化すると、

販売までの待機期間資金回収に必要な価格相当
待機なし約34.8ドル/g
7年約49ドル/g
14年約69ドル/g
18年約84ドル/g

保管費や保険料を加える前の数字です。

したがって、副産物として約35ドル/gで製造できても、14年以上販売を待つなら、資金コストだけで鉱山の約57ドル/gを上回り得ます。

高純度化で待機期間を短くできれば有利ですが、そのための濃縮・精製費用が増えます。この二つを同時に最小化する必要があります。

8.「とんとん」になるための条件を逆算する

上の副産物ケースで、水銀以外の追加年間費用を約7,030万ドルと固定します。

鉱山と同じ約57.4ドル/gに収めるために許容できる、水銀198の取得原価は次のようになります。

販売待ち期間〈年5%〉許容できる水銀198の取得原価
待機なし約3,000ドル/kg以下
7年約1,500ドル/kg以下
14年約500ドル/kg以下
18年ほぼ余地なし

※いずれも今回置いた追加設備費・運転費・生産量に依存します。保管費や工程損失を入れると条件は厳しくなります。

天然水銀を50ドル/kgで買い、水銀198だけを回収し、他の同位体の売却益を見込まない場合、濃縮前の原料費だけで、水銀198の約500ドル/kgに相当します。

つまり14年待つケースでは、今回の仮定上、濃縮費などを負担する余地がほぼなくなります。

私の推論では、鉱山コストと並ぶ道筋は「安価な核融合炉を金専用に建てること」よりも、「採算の取れる核融合発電所で、少ない追加投資により金を併産し、短期間で販売すること」です。

今回の条件計算では、費用は副産物方式で約35ドル/gから、専用方式では水銀関連費込みで約125~450ドル/g程度まで広がります。これは実測原価の範囲ではありません。現在の公開情報からはコストの乖離を一つの数字には確定できず、特に水銀198の大量製造原価、追加設備費、販売可能になるまでの期間が、結論を左右します。

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