元素変換はすでに実用化されている――それでも人工金の大量生産が難しい理由

コモディティ

ウランからプルトニウムへの変換はトン単位で実現し、医療用核種の製造や半導体加工でも元素変換は実用化されている。しかし、微量でも価値を生む用途と、地金として相応の重量を必要とする金では、採算の条件が異なる。人工金の課題は、元素変換の可否ではなく、原料同位体の確保、反応効率、精製・放射能管理を含む総費用にある。生成実験の成功と、安価な大量生産の実現を区別して考える。

1.実際に工業化された元素変換

元素の種類は、原子核の陽子数で決まります。以下は、陽子数が変化する事例です。矢印は、途中の核反応や放射性崩壊を含みます。

元の元素 → 生成する元素生産・利用の実績「大量生産」の意味
ウラン → プルトニウム原子炉で製造し、核燃料などに利用。米ハンフォードだけで累計67.4トンを生産生成元素そのものをトン単位で生産した明確な事例
ネプツニウム → プルトニウム238宇宙探査機の電源用熱源として製造・供給重量は限定的だが、実用品として継続生産
ウラン → モリブデン99 → テクネチウム99m核分裂で得たモリブデン99から、核医学検査用のテクネチウム99mを供給微量の物質を多数の検査に使う供給産業
酸素18 → フッ素18加速器で製造し、PET検査の放射性医薬品などに利用重量は微量だが、医療用に反復製造
プルトニウム241 → アメリシウム241崩壊で生じたものを回収し、煙感知器や工業用計測器に利用少量で多数の製品を製造できる
ウランなど → セシウム137・ストロンチウム90核分裂生成物から得られ、医療・工業用放射線源などとして供給核分裂の副産物を回収・製品化
ケイ素 → リン原子炉内でケイ素の一部をリンに変え、電気特性を調整する「中性子核変換ドーピング」加工する半導体は工業規模。ただし、生成するリン自体は微量

プルトニウムの67.4トンは、米エネルギー省の記録に基づく報告値です。ウランが中性子を吸収し、その後の崩壊で別元素になる現象を、大規模な生産工程にしています。INIS – International Nuclear Information System

プルトニウム238は、ネプツニウムを原子炉で照射して製造し、実際に火星探査機などの電源に使われています。ornl.gov 医療用のモリブデン99・テクネチウム99mとフッ素18にも、確立した製造・供給の実績があります。www-pub.iaea.org

アメリシウム241はプルトニウム241の崩壊から回収され、販売されています。セシウム137・ストロンチウム90も、核分裂を利用した製造・用途が確認できます。NIDC: National Isotope Development Center

特に興味深いのが半導体です。放射性物質を使うためではなく、安定したリン原子をケイ素の中に均一に作るために、元素変換を利用しています。 ORNLは、この技術が年間100トン超の加工済みケイ素の世界生産につながったと説明しています。ただし、これはリンを100トン作ったという意味ではありません。ANSTO

2.同位体の製造は、必ずしも元素変換ではない

例えば、産業用放射線源として重要なコバルト59 → コバルト60では、中性子数が変わるだけで、元素はコバルトのままです。実際に原子炉で製造されていますが、今回の「別元素への変換」とは区別すべき事例です。Idaho National Laboratory

一方、酸素18 → フッ素18は、質量数が同じでも陽子数が変わるため、別元素への変換です。

3.では、なぜ人工金の大量生産は難しいのか

上記から、問題は「人類に元素を変える能力がないこと」ではありません。必要な量を、許容できる費用と品質で作れるかが問題です。

以下は、実用化事例との比較からの推論です。

① 成功例は、少量でも大きな価値を生む用途が多い

PET検査では、フッ素を何キログラムも使う必要はありません。半導体でも、ごく少量のリンが電気特性を変えます。

これに対して金は、地金や宝飾品として使うなら、グラム・キログラム単位の実物量が必要です。検出できる数の金原子を作ることと、地金を製造することの間には大きな隔たりがあります。

② 元素変換には、設備と粒子の供給が必要になる

核反応には原子炉や加速器などが必要です。さらに、照射した原子のすべてが目的の元素になるわけではありません。

したがって、生産性は単なる原料投入量ではなく、中性子などの供給量、反応確率、照射時間、回収率に制約されます。装置を大型化しても、同じ比率で採算が改善するとは限りません。

③ 目的物以外の核種と、放射能の管理が必要になる

金197自体は安定ですが、照射によって原料や周辺物質に別の放射性核種が生じる可能性があります。そこで、分離・精製、放射能測定、場合によっては崩壊を待つ保管が必要になります。

「金ができた」ことだけでは、そのまま地金として出荷できるとはいえません。

④ 原料元素だけでなく、特定の同位体が必要になることがある

今回のMarathon Fusionの構想は、水銀の中でも水銀198を使い、水銀197を経由して安定した金197を得るものです。同社は、将来の核融合炉で年間数千キログラム規模の金を副産物として生産する構想を示しています。これは、稼働中の商用設備による年間生産実績とは区別する必要があります。Alchemy

特定の同位体を確保・濃縮する費用や、未反応原料を回収して再利用する工程も、採算を左右します。

⑤ 既存の供給方法との競争に勝つ必要がある

医療用核種は、その核種特有の放射線に価値があります。普通の材料では代替できません。

一方、人工金が作る金197は、天然金と同じ元素です。そのため、採掘・リサイクルによる金と、最終的な供給費用で競争することになります。

4.人工金の可能性をどう評価するか

歴史上の事例が示すのは、次の二点です。

  • 元素変換の工業化は実現しており、トン単位の生産実績もある。
  • その実績だけで、金の安価な大量生産まで実現すると判断することはできない。

ただし、発電などのために稼働する設備で、余剰・副次的な中性子を利用して金を得られるなら、金だけを作る専用設備より有利になる可能性はあります。半導体加工や核分裂生成物の回収と同様、設備の主目的と組み合わせることは、有望な方向です。

人工金のニュースを評価する際に必要なのは、回収した金の重量、設備の稼働時間、同位体原料費、精製後の放射能、金1グラム当たりの総費用です。この数字がそろって初めて、「元素変換の成功」から「金生産事業の成功」へ進んだかを判断できます。

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