結論
令和8年に令和7年分の未払残業代が支払われた場合、原則として次のようになります。
| 項目 | 取扱い |
|---|---|
| 未払残業代の所得年分 | 令和7年分 |
| 源泉所得税 | 令和8年の支払時に会社が源泉徴収。ただし令和7年分の所得税として処理 |
| 健康保険・厚生年金保険料 | 残業代の支払額に保険料率を直接掛けて、その場で通常控除する仕組みではない |
| 遡及訂正で追加保険料が生じた場合 | 会社が年金事務所等へ納付し、従業員負担分を給与等から控除・精算することがある |
| 従業員本人への納付書 | 原則として発行されない |
| 社会保険料控除の年分 | 実際に給与から控除・精算された令和8年分 |
| 雇用保険料 | 原則として令和8年の支給時に未払残業代から控除 |
つまり、最も重要な点は、
残業代は令和7年分の給与所得になる一方、追加社会保険料を令和8年に実際に負担したなら、社会保険料控除は令和8年分になる
という「所得の帰属年」と「社会保険料控除の年」のずれです。
未払残業代と社会保険料の弁証法
【正】社会保険料は毎月の給与から天引きされる
通常、会社員の健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料は、会社が給与から被保険者負担分を控除し、会社負担分と合わせて年金事務所や健康保険組合に納付します。
日本年金機構も、事業主が毎月の給与等から被保険者負担分を控除し、事業所宛ての「保険料納入告知書」に基づいて納付する仕組みを示しています。日本年金機構「厚生年金保険料等の納付」
したがって、一見すると、令和8年に未払残業代が支払われた場合にも、その残業代から通常どおり社会保険料が一定割合で天引きされるように思えます。
【反】健康保険・厚生年金保険料は、実際の残業代に毎回比例するわけではない
しかし、健康保険料・厚生年金保険料は、原則として実際の月給そのものではなく、「標準報酬月額」に保険料率を掛けて計算します。
したがって、
- 未払残業代100万円を令和8年に受け取った
- だから、その100万円に健康保険・厚生年金の保険料率を掛けて天引きする
という単純な計算にはなりません。
残業代は変動的賃金です。残業代だけが一時的に増えても、通常、それだけを理由として直ちに月額変更届による随時改定が行われるわけではありません。随時改定には、原則として基本給や時間単価などの「固定的賃金の変動」が必要です。日本年金機構「随時改定(月額変更届)」
ただし、令和7年当時の算定基礎届等に、本来含めるべき残業代が含まれていなかった結果、標準報酬月額そのものが誤っていた場合には、過去の届出を訂正する可能性があります。
その訂正によって令和7年分の保険料に不足が生じれば、
- 年金事務所等が会社に追加保険料を通知する
- 会社が会社負担分と従業員負担分をまとめて納付する
- 会社が従業員負担分を本人から回収・精算する
という流れになります。
従業員本人に年金事務所から納付書が届いて「普通徴収」されるのが原則ではありません。納付義務者はあくまで会社です。
なお、多額の過年度保険料を一括して給与から控除できるかは、法令上の控除可能範囲や本人との合意の問題があるため、実務上は本人に説明し、同意を得て分割精算することもあります。
【合】会社経由の徴収だが、追加保険料が必ず発生するわけではない
したがって、健康保険・厚生年金については、次の二段階で考える必要があります。
① 標準報酬月額の訂正がない場合
未払残業代を支払っても、健康保険料・厚生年金保険料の追加徴収が生じないことがあります。
この場合、未払残業代から控除されるのは主として、
- 源泉所得税
- 雇用保険料
となり、健康保険料・厚生年金保険料は通常の月額保険料だけということがあります。
② 標準報酬月額の遡及訂正がある場合
過去の算定基礎届などを訂正した結果、追加保険料が発生すれば、会社が納付したうえで、従業員負担分を給与控除その他の方法で本人から精算します。
したがって、二者択一でいえば、
従業員本人が納付書で普通徴収されるのではなく、原則として会社経由で控除・精算される
というのが正確です。
社会保険料控除は令和7年分か、令和8年分か
【正】原因となった労働が令和7年なら、令和7年分に対応するように見える
未払残業代は令和7年の労働に対応します。国税庁は、本来の支給日に支払うべき残業代を後年に一括支給した場合、本来支給すべき日が属する年分の給与所得になるとしています。国税庁「過去に遡及して残業手当を支払った場合」
したがって、令和7年分の残業代なら、原則として令和7年分の給与所得です。
会社は令和7年分の源泉徴収票を訂正し、本人は必要に応じて令和7年分の確定申告または修正申告を行います。
【反】社会保険料控除は、原因年ではなく実際の支払年で判定する
一方、社会保険料控除は、原則として「その年に実際に支払った金額」または「その年に給与等から差し引かれた金額」が対象です。国税庁「社会保険料控除」
国税庁も、過去の年分の社会保険料であっても、本年中に支払ったなら本年分の社会保険料控除になると説明しています。国税庁「社会保険料控除Q&A」
したがって、追加社会保険料が令和8年の給与から実際に差し引かれた場合、その社会保険料控除は原則として令和8年分です。
令和7年分の確定申告に遡って控除するものではありません。
【合】給与所得と社会保険料控除の年分は一致しない
最終的には、次のように分かれます。
- 未払残業代:令和7年分の給与所得
- 令和8年に実際に徴収された追加社会保険料:令和8年分の社会保険料控除
これは矛盾ではありません。
給与所得は「本来支給されるべき日」を基準とし、社会保険料控除は「実際に支払った日・控除された日」を基準とするからです。
具体例
令和8年6月に、令和7年分の未払残業代50万円が支払われ、追加社会保険料5万円が令和8年8月の給与から控除されたとします。
- 50万円の残業代:令和7年分の給与収入
- 5万円の社会保険料:令和8年分の社会保険料控除
- 令和7年分:訂正された源泉徴収票に基づき申告を修正
- 令和8年分:5万円を年末調整または確定申告で控除
となります。
なお、「解決金」「和解金」などの名称で一括支給された場合は、その実質が残業代なのか、損害賠償金なのかによって所得税・社会保険の扱いが変わります。また、過去の標準報酬月額を本当に訂正する必要があるかは、未払残業代が令和7年のどの月に対応するか、算定基礎月に影響するかなどによって個別に判断されます。


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