――資本から労働者を守るのではなく、労働者を資本所有者にする思想
はじめに
資本主義の歴史を自由の対象という観点から整理すると、次のような変遷として捉えられる。
自由放任主義――国家から市場を解放する
修正資本主義――市場から社会を守る
新自由主義――国家規制から競争と資本を解放する
生産手段分配主義――資本から労働者を守り、さらに労働者自身を資本所有者にする
ここでいう「生産手段分配主義」とは、工場、土地、企業、株式などを国家が没収して平等に分配する社会主義ではない。
市場経済と私有財産を維持したまま、株式、投資信託、年金基金、従業員持株制度などを通じて、これまで少数の資本家に偏っていた生産手段の所有権を広く国民へ分散する思想である。
その核心は、資本家を消滅させることではなく、
労働者を資本家にすることによって、資本家と労働者の対立そのものを止揚する
ことにある。
Ⅰ.正――資本主義は生産手段の私有によって発展した
資本主義の原動力は、生産手段の私有である。
工場、機械、土地、技術、株式を所有する者は、それらを効率的に活用することで利潤を得る。利潤への期待が、投資、技術革新、事業拡大を促してきた。
生産手段の私有には、明確な合理性がある。
自らの資本が危険にさらされるからこそ、所有者は情報を集め、投資先を選別し、経営を監視する。損失の可能性を負う者に利益を得る権利を与えることは、リスクと報酬の対応という点でも正当化できる。
したがって、生産手段の私有を全面的に否定すれば、投資判断が政治化され、責任の所在が曖昧になり、経済の活力が失われかねない。
しかし、私有財産制度は、その成功によって新たな矛盾を生む。
資本を持つ者は、生産活動に直接従事しなくても、配当、利子、賃料、値上がり益を受け取れる。一方、資本を持たない者は、生活のために労働力を売り続けなければならない。
資本収益が再投資されれば、所有資本は複利で成長する。しかし、賃金は労働時間、体力、寿命による制約を受ける。
ここに、資本主義の根本的な非対称性がある。
労働には身体的な上限があるが、資本の複利成長には同じ意味での上限がない。
Ⅱ.反――修正資本主義は「所得」を分配した
資本と労働の格差に対し、20世紀の修正資本主義は、累進課税、社会保険、最低賃金、労働法制、公共サービスによって労働者を保護した。
これは大きな歴史的前進であった。
労働者は失業、疾病、老齢という危険から一定程度守られ、所得格差も租税と社会保障によって緩和された。市場で得た所得を、国家が事後的に再分配する仕組みが成立したのである。
しかし、修正資本主義が分配したものは、主として「所得」であって「生産手段」ではなかった。
労働者は賃金を受け取り、そこから税金や社会保険料を払い、必要に応じて給付を受ける。しかし、企業、土地、知的財産、金融資産の所有構造は大きく変わらない。
この方式では、労働者は保護されても、資本に依存する立場からは脱却できない。
しかも、社会保障を現役世代から高齢世代への所得移転に偏らせれば、若い労働者は資産形成の原資を失う。現在の生活を支える再分配が、将来の資本所有を妨げる逆説さえ生じる。
したがって、所得再分配には次の限界がある。
資本収益によって生じる格差を、労働所得への課税と給付だけで修正し続ける構造になっている。
いわば、川下で格差を是正しながら、川上では資本所有の集中を放置しているのである。
Ⅲ.再反――新自由主義は労働者を自己責任化した
新自由主義は、修正資本主義の官僚化、財政膨張、過剰規制に対して、民営化、規制緩和、自由貿易、労働市場の流動化を進めた。
その結果、企業と資本は国境を越えて最も収益性の高い場所へ移動できるようになった。
しかし、労働者は資本ほど自由には移動できない。
資本は瞬時に世界中へ移転できるが、労働者は言語、家族、住宅、資格、国籍、健康によって土地に拘束されている。したがって、資本移動の自由と労働移動の自由は形式的には同じでも、実質的には非対称である。
新自由主義は、雇用保障を弱める代わりに、個人へ自己投資と自己責任を求めた。
だが、労働者が人的資本だけを高めても、労働所得であることに変わりはない。高い技能を得たとしても、病気、加齢、景気後退、技術革新によって労働能力の市場価値は低下し得る。
人的資本とは、本人の身体から切り離せず、売却も相続も分散投資もできない特殊な資産である。
したがって、新自由主義がいう「自立」は不完全であった。
労働者に自助努力を求めながら、その努力の対象を労働能力の向上に限定し、金融資本の所有には十分に結び付けなかったからである。
Ⅳ.合――生産手段分配主義
以上の矛盾を止揚するのが、生産手段分配主義である。
これは「資本から労働者を守る」という修正資本主義を一歩進め、
労働者に資本を所有させることによって、資本収益を労働者自身に帰属させる
思想である。
従来の対立は、次のような構造であった。
- 資本家は、生産手段を所有し、利益を受け取る
- 労働者は、労働力を提供し、賃金を受け取る
- 国家は、資本家と労働者の間で所得を再分配する
これに対して生産手段分配主義では、労働者が株式や投資信託を保有することにより、同じ一人の人間が「労働者」と「資本所有者」の二つの立場を兼ねる。
すなわち、
- 現在の生活費を賃金から得る
- 将来の所得を資本収益から得る
- 企業利益の一部を配当や値上がり益として受け取る
- 生産性向上による雇用削減の反面、その利益を株主として享受する
という構造である。
AIやロボットが人間の仕事を代替した場合、資本を持たない労働者にとって自動化は脅威となる。しかし、その企業や市場全体を所有している労働者にとっては、自動化による利益の一部が自らに還元される。
問題は機械が労働を奪うことではない。
機械を誰が所有しているか
なのである。
Ⅴ.インデックス投資は「静かな生産手段革命」である
生産手段分配主義において、最も現実的な手段となるのがインデックス商品である。
株式は単なる値動きの対象ではない。株式会社の所有権を細分化したものである。株式を保有することは、企業が持つ工場、店舗、物流網、技術、データ、ブランド、知的財産、将来利益に対する持分を間接的に所有することを意味する。
全世界株式や米国株式などのインデックスファンドを購入すれば、労働者は少額から多数の企業の生産手段へ参加できる。
これは社会主義的な国有化とは根本的に異なる。
| 社会主義的国有化 | インデックス投資による分散所有 |
|---|---|
| 国家が生産手段を所有する | 国民一人ひとりが持分を所有する |
| 投資先を官僚・政治家が決める | 市場と指数ルールが資本を配分する |
| 経営失敗の責任が不明確になりやすい | 損益が投資家に帰属する |
| 政治権力と経済権力が集中する | 所有権を広範に分散できる |
| 競争が弱まりやすい | 私企業間の競争を維持できる |
インデックス投資は、資本家から生産手段を没収しない。新しく生まれる所得の一部を労働者が継続的に資本へ転換することで、所有構造を徐々に変えていく。
それは革命というより、複利による漸進的な所有権移転である。
毎月の積立投資とは、労働所得の一部を生産手段の所有権へ変換する行為である。
労働者は働いて消費するだけの存在から、世界の生産活動に出資する存在へと変わる。
Ⅵ.金は生産手段なのか
ここでは、金と株式を区別する必要がある。
厳密にいえば、金そのものは企業のように商品やサービスを生産しない。配当も利子も生まず、保有しているだけでは新しい付加価値を生み出さない。
したがって、金を直接「生産手段」と呼ぶのは適切ではない。
しかし、金には生産手段分配主義を補完する重要な役割がある。
労働者が賃金を現金だけで保有している場合、インフレや通貨価値の下落によって購買力を失う。財政膨張や金融緩和によって名目資産価格が上昇すれば、株式や不動産をすでに保有している者が有利になり、現金と賃金に依存する者が不利になる。
金はこの貨幣価値の希薄化に対する防衛資産となり得る。
したがって両者の役割は異なる。
- インデックス商品――企業の成長と生産性向上に参加する「生産資本」
- 金――通貨価値の低下や金融制度の不安定化から資産を守る「防衛資本」
インデックス商品が未来の成長を所有する資産であるなら、金は過去の労働成果を保存する資産である。
株式は労働者を資本所有者にし、金は労働者が蓄積した購買力を通貨制度から守る。
この二つを組み合わせることで、労働者は「賃金だけに依存する者」から、「生産資本と防衛資産を併せ持つ者」へ移行できる。
ただし、金だけを保有しても、生産手段の分配は進まない。金は所有権分散の主役ではなく、その過程で形成した資産を守る補完的手段と位置付けるべきである。
Ⅶ.生産手段分配主義の制度設計
この思想は、「国民各自が投資を勉強すればよい」という自己責任論にとどまってはならない。
投資できる余剰資金の有無は、所得、家族構成、教育、住宅費などに左右される。余裕のある者だけが積立投資を行えば、金融知識の格差が新たな資産格差を生む。
したがって、社会制度として次の仕組みが必要になる。
1.少額・長期・分散投資の標準化
非課税口座や確定拠出年金を恒久化し、低コストの世界分散型インデックス商品を標準的な選択肢とする。
個別株の銘柄選択を国民全員に要求する必要はない。生産手段分配主義の目的は投機家を増やすことではなく、資本所有者を増やすことだからである。
2.出生時資本口座
すべての子どもに一定額の資本口座を設け、成人まで世界株式などで運用する。
これは現金給付と異なり、将来の生産手段に対する所有権を分配する制度である。家庭の資産格差が、そのまま子どもの資本所有格差として固定されることを緩和できる。
3.従業員への利益・株式分配
給与だけでなく、利益分配、従業員持株、ストックオプションなどを通じて、生産性向上の成果を労働者へ還元する。
ただし、勤務先の株式だけに集中すれば、失業と資産下落が同時に起きる危険がある。従業員持株と市場全体への分散投資を併用すべきである。
4.社会保険料から資本積立への転換
現役世代から高齢世代への賦課方式だけでなく、若年期から本人名義の資産を積み立てる方式を組み合わせる。
これにより、老後保障を「将来世代への請求権」だけでなく、「生産資本の持分」によって支えることができる。
5.金融教育の公共化
複利、インフレ、実質金利、分散投資、手数料、税制を義務教育段階から教える。
金融教育は、短期売買で利益を上げる方法ではなく、
労働所得を資本所得へ変換し、長期的な経済的自由を形成する方法
として位置付けるべきである。
Ⅷ.生産手段分配主義の内在的矛盾
もっとも、生産手段分配主義も万能ではない。
第一に、低所得者ほど投資余力が乏しい。資産形成を奨励するだけでは、余裕のある中高所得者に税制上の利益が集中する。
第二に、株価下落の危険がある。社会保障を過度に市場価格へ依存させれば、金融危機が生活危機へ直結する。
第三に、インデックス所有が巨大運用会社への議決権集中を招く可能性がある。国民が投資信託を所有していても、企業に対する議決権を実際に行使するのが少数の運用会社であれば、経済権力の民主化は不完全である。
第四に、国民全員が株主になると、労働条件の改善と企業利益の最大化が同じ個人の中で衝突する。
労働者としては賃上げを望むが、株主としては人件費削減を望む。この矛盾は消滅するのではなく、社会全体の内部へ移される。
しかし、これは欠陥であると同時に成熟でもある。
資本家と労働者を別々の階級として対立させるのではなく、一人ひとりが両者の立場を持つことによって、賃金、利益、雇用、投資の均衡を自らの問題として考えるようになるからである。
結論――資本を否定するのではなく、資本を分ける
自由放任主義は市場を国家から解放した。
修正資本主義は社会を市場から守った。
新自由主義は競争と資本移動を再び解放した。
しかし、新自由主義は資本の自由を拡大する一方、資本を持たない労働者を不安定化させた。
この矛盾を解決する方法は、資本を再び強く規制することだけではない。まして生産手段を国家へ集中させることでもない。
必要なのは、
資本から労働者を守ると同時に、労働者自身へ資本を分配すること
である。
インデックス商品を通じた株式所有は、世界の企業が持つ生産手段と利益への参加を可能にする。金は厳密には生産手段ではないが、労働によって蓄積した購買力をインフレや通貨価値の低下から守る。
したがって、生産手段分配主義とは、
賃金を再分配する思想から、資本所有権を事前に分散する思想への転換
である。
その目的は、富裕層を没落させることではない。労働者を、賃金しか持たない状態から解放することにある。
最終的に目指すべき社会は、「資本家対労働者」という階級対立を維持したまま国家が仲裁する社会ではない。
すべての労働者が、少額であっても生産手段を所有し、労働の成果と資本の成果の双方を受け取る社会
である。
資本主義の次なる発展段階は、資本の廃止ではない。
資本所有の大衆化なのである。


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